第5話
「それ食ったらさっさと寝ろっ。明日も早いんだからな」
船員のひとりがそう言って船倉から出て行った。
港を出航してからずっと働かされっぱなしで、体の節々が痛い。
この船は商船だが、運んでいるのは物だけじゃなかった。奴隷もそのひとつだ。
昨日、どこかの港に寄港し、船倉にいた奴隷はほとんどそこで下ろされた。残っているのは俺と──奥の檻に入れられてる子供の二人だけ。
船員が落として行ったパンを拾い、それを貪り食う。
堅いし、なんの味もしない。こんなものでも食べておかないと生きていけない。
いっそ死んでしまってもいいかなと思ったが、せっかく『錬金BOX』の使い方も分かったんだ。
なんとかしてここを脱出し、自由の身になってチャンスを掴みたい。
もちろん、勝ち組人生の──と言いたいが、とにかくまっとうに生きられればそれでいい。
その為の準備も出来ている。
飯の支度を手伝わされた時、使い潰した炭を海に捨ててこいと言われたが、こっそり取ってある。
『錬金BOX』に入れておけば見つかりもしない。
他にも 船の修理をやらされている間に、小さな木片や木屑を『錬金BOX』にこっそり取っていた。
木片は竈の火に使うが、いくつ出たかなんて管理していない。木屑に至っては海に捨てるだけ。
木屑と木片を合成して、枷の合鍵を形成した。
オリジナルの鍵をうっかり船員が落して、俺がそれを拾った時に。
慌てて錬成したから、ちゃんと使えるかどうか分からない。
拾った時に逃げてしまおうかとも思ったけど、船内じゃ海に飛び込む場所もなかったしな。
それにたとえ飛び込めたとしても、そこがどこの海なのか分からなければ危険だ。陸地までどのくらいの距離なのか、方角はどっちなのか、それを知る必要もある。
せめてここに窓でもあればなぁ。
そんなことを考えていると、奥のほうから「ぎゅるるるるるる」という物凄い音が聞こえてきた。
「今の、腹の虫の音か?」
暗闇にそう尋ねたが、返事はない。
代わりに威嚇するような「がるるるるっ」という声が返って来た。
声の感じからして女の子だとは思うんだが、なんとも狂暴な子のようだ。だからまだこの船に乗っているのだろうけど。
「半分やるよ。ほら、食え」
残りのパンをちぎって、半分を奥の檻へと放り投げる。
一本しかない蝋燭の火じゃ、ちゃんと届いたかどうかも分かりゃしない。
だが暫くして、咀嚼する音が聞こえてきた。
無事に届いたようだ。
パンを分けたのは特にあの子に同情している訳でも、親切からでもない。
ただなんとなく──奴隷として誰にも買われることのないあの子が、俺に似ている気がして。
前世でも今世でも、誰からも必要とされなかった俺に。
さ、寝よう。寝て少しでも体力を回復させなきゃな。
それにしても、急に船が揺れ出したな。日中は穏やかだったのに。
薄っぺらい毛布に包まって目を閉じた頃。
「おいお坊ちゃま、起きろっ」
「う……」
「海が荒れてきた。見張りに立て」
「見張り?」
船乗りの男がやって来て、俺が入れられた檻の鍵を開けた。
そのまま男は奥の檻へと向かう。
甲板は寒いだろうと思い、薄い毛布を羽織って俺も出る。
「テメーも出ろ。夜目が利くだろ」
「ぐるるるるるるる」
「噛みついてみろっ、その鼻へし折ってやるからな!」
「ぐる……」
夜目?
男が持つランプに照らされ、奥の檻に入れられた人物の姿が浮かび上がる。
なるほど。獣人だったのか。
犬のような耳と尻尾を持つその子は、かなりボロボロな姿をしていた。
洗われてないようだし、それに食事もロクに貰ってないんだろう。痩せ細った姿は、見ていて痛々しいほどだ。
獣人の少女の鎖をひっぱり、男が船倉を出ていく。
「テメーもグズグズすんな!」
慌てて後を追って甲板へと出たが、特に風が強いなんてこともなく。
だが船は確かに揺れている。かなり激しくだ。
「ガキ二人は向こうを見てろっ。何か見つけたらすぐに叫べ。獣人のガキは口がきけねー。お坊ちゃまが連絡係だ。いいな!」
口がきけない?
だから唸り声しか出していなかったのか。
船乗りに向かって頷いた後、俺は獣人の子を見た。
ボサボサの髪は目元まで隠してしまって、人相がよく分からない。
だが震えているのは分かる。
「怖いのか?」
尋ねてもその子は一点を見つめたまま、ただただ震えていた。
あっちの海に何かある?
目を凝らしてじっと見つめていると、突然船が大きく傾いた!
坂を転げ落ちるようにして俺と獣人の少女は甲板の上を滑り、そして海へ投げ出された。
どぼんと落ちた海の中で、獣人の少女が沈みながら犬かきをしている!
まさか泳げないんじゃ。
急いで彼女の手を掴んで浮上する。
「あぶっ、あっぷっ」
「お、おいお前、泳げないのか!?」
溺れそうになりながらも、決して俺に縋ろうとしない。その方が有難いんだけども、それだけ人間に対して恐怖心を持っているってことでもある。
とにかくだ──これは逃げるチャンス。
いや、逃げなきゃマズい状況だろ。
いつの間にか火の点いた船の上では、男たちの悲鳴が聞こえていた。
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