第204話:メッサ
『汝か? 我を眠りから覚まさせたのは』
「その通りだ、不死の王よ」
最古の迷宮、真なる最下層にメッサは立っていた。
彼のほかに立っているのは、僅か数名。代わりに周辺には、倒れて動かなくなった彼の部下たちの屍が横たわる。
地下百階。
ここにたどり着くまでの間にも、大勢の部下が命を落としている。
本国から転移魔法で呼び寄せた騎士団や魔術師兵団、神官戦士など、合わせて三百以上は命を落としていた。
それでもまだ、地下五十階やそれ以下の比較的浅い階層には生存者が残っている。
他の冒険者を拡張階層に入れさせないために滞在している兵や、攻略を目的とした後続部隊だ。
メッサは大勢の死者を出そうと、どうしても手に入れたい力があった。
幼い頃に読んだ魔術書に記載されていた、禁忌の魔法。それを自在に操り、そして死することなく魔術の研究に没頭することのできる力──いや、存在。
その為にメッサはグインゴーニャ国王を焚きつけ、他国に攻め入らせようとしたのだ。
もちろん、国王自身も大陸に居を構えるという野望は抱いていたので、メッサの策にまんまと乗っただけではない。
だからこそメッサは、国王に礼をする為にこの力を手に入れたら、真っ先にディトランダ王都を陥落させる気でいた。
「不死の王よ。古の契約に従い、我をそなたの同族として迎え入れて頂きたい」
『……不死を望むか、魔術師よ』
「いかにも。我は永劫の時の中で、この世に存在する全ての魔術を解き明かしたい。そして自らが新たな魔法を生み出したいのだ!」
『その為に、余への生贄を用意してきた──ということか』
最古の迷宮の真なる最下層では、ダンジョンボスを倒すとこの不死の王が登場する。
この迷宮は不死の王が封印された、禁断の迷宮だったのだ。
不死の王から漏れた生贄という言葉に、ここまでメッサを護衛していた騎士たちの顔が歪む。
「メ、メッサ様?」
「生贄とはいった、どういうことで……」
怯えた視線を向ける彼らを気に留めもせず、メッサは怨霊の集合体とも言える不死の王に両手を開いた。
「正確な数は分からないが、少なくとも四百以上の魂は献上できよう。王都を陥落させれば、更に数万の魂が得られる。全てそなたの物だ」
「メ、メッサ様! まさか最初から我らを──」
そう叫んだ騎士は、最後まで言葉を口にすることなく突然倒れた。
肉体から白い光が抜け出し、それが不死の王の下へと向かって飛んでゆく。光が怨霊の一部となると、残りの生存者たちが悲鳴を上げて踵を返した。
──が、時すでに遅し。
次々と騎士らが倒れると、それと同じ数の光が不死の王の下へと飛んで行った。
更にボス部屋の入口から、同じような白い光が無数にやってきて──
『ふむ、馳走になった。いくつかはなかなかに優れた魂であったぞ。全部で五百二十八の魂であった』
本国からの増援を含めると、グインゴーニャ兵は四百を少し超えたほど。
(案外冒険者が迷宮内に入っていたようだな)
地下五十階の旧ボス部屋は扉を閉ざし、拡張階層に一般の冒険者が入れないようにはしてある。
が、それより上の階層には自由に入れるので、恐らく百人近い冒険者が迷宮に入っていたのだろう。
メッサはほくそ笑む。
不死の王はなかなかに機嫌がいいようで、この分なら交渉は成立しそうだ。
『万、と言ったな?』
「言った。ディトランダの王都は、人口二万人ほどいる。その全ての魂を、王に捧げよう」
『貴様はどうする?』
「わたしは必要ない。わたしはただ不死者となって、魔術の研究に没頭したいのだ。ただ不死の王を目覚めさせるために協力してくれた我が王には、礼をしたいのでね」
『礼?』
不死の王は興味ありげに身を乗り出す。
かの王の体を形作る怨霊の中に、メッサの見知った顔がいくつもあった。
ここまで彼を守って来た騎士たちであり、自身の弟子たちだ。
恨めしそうな視線を向けられるが、メッサはそれを鼻で笑った。
「そんな顔をしないでくれ。なに、君たちの忠誠心は無駄にはしない。ちゃんとグインゴーニャ王が、新しくこの大陸で国を築けるよう力添えをするつもりだからね」
ただし、死者の国の王だ。
「さぁ、不死の王よ──わたしをそなたとおなじ、不死の身に変えたまえ!」
不死の王の目が赤く光る。
その光にメッサが包まれると、彼は突然たばりと倒れた。
そして……
ディトランダの大地が──揺れた。
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