第203話:その頃、トリスタン島では

『ヤダヤダヤダヤダァ』


 トリスタン島の海岸に響き渡る、幼子の声。


『イヤでちゅイヤでちゅイヤでちゅーっ』

『イヤでしゅイヤでしゅイヤでしゅーっ』

『ボクたちも行きたい行きたい行きたい行きたいいぃぃっ』


 駄々をこねているのはゴン太とクラ助ケン助の三匹だ。

 三匹はこっそり島を抜け出し、ルークたちの下へ向かおうとしていた。

 もちろん、空からも海からも発見され島へUターンしたのだが……。


『だからといってあんな小舟で海へ出るなどと……』

『そうですよっ。万が一ゴン太ちゃんが海に落ちたら、どうするつもりだったのっ』


 まだしっかりと飛ぶことの出来ないゴン太を小舟に乗せ、それをクラ助ケン助が押して泳ぐ。そんな方法で海を渡ろうとしたのだ。

 だが島を出てわずか十分足らずでゴン蔵とク美に見つかっている。


『ボリスはルークのところにいったのに!』

『ボリスはボリスだ。お前とは違う』

『でもボリスはボクより小さいもん!』


 ここは決して体のサイズのことではない。月齢のことだ。

 子供たちの中ではがゴン太が一番のお兄ちゃんになる。実のところ、ゴン太は十歳を超えている。だがそこはドラゴンだ。人間で言えば、まだ五歳にも満たない幼児と言えよう。

 三歳にも満たないボリスなんて、ゴン太から見れば赤ん坊も同然だ。


(まったくボスの奴め。余計なことをしおって)


 ゴン蔵は憎らし気に内陸へと視線を送った。


 ダンジョンに入って期間内に戻ってくれば、ルークの下へ行ってもいい。


 そんな約束をしたものだから、実際戻ってきたボリスを送り出すしかなくなっている。

 それからだ。

 子供たちが事あるごとに、自分たちも行きたいと言い出したのは。

 しかもダンジョンの中に入るといって、三匹は冒険者の案内でダンジョンにまで入っている。


 すぐにゴン蔵がギルドマスターに圧を掛けて連れ戻してはいるが。


(わしですら気色悪くて入るのを躊躇うと言うのに、子供たちは臆することなく入っていくものだ……)


 ゴン蔵は感心するが、そもそも物理的に彼がダンジョンに入ることは叶わない。

 入口が比較的大きなダンジョンですが、彼が通れる幅はないだろう。


『父ちゃん!』

『なんだ』


 と返事をしたものの、嫌な予感しかしない。


『試練ちょうだい!』

『……霊峰山脈の頂上にだけ咲く、霊峰草を──』

『分かったよ! その霊峰山脈って大陸にあるんでしょ? ボクを大陸まで運んでよ! そしたらあとは自分で探すから!!』

『ぐっ……いや、それは……』


 ゴン蔵は適当な嘘をついたのだが、息子はそれを見抜いたのかそれとも素なのか。

 ぱぁっと笑うと、その先は『大陸に連れて行って』である。

 すかさずクラ助とケン助が『ぽきゅたちもお手伝いするでしゅ』と。


 ここでク美がゴン蔵を睨んだのは言うまでもない。


『しかし行ってどうするっ。下手にお前たち三匹だけでうろうろしていては、人間に捕まって見世物にされてしまうぞっ』

『そうよ。世の中の人間が、この島の人たちのように親切だとは限らないのですよ。分かっているでしょ?』


 ク美の言葉に、クラ助とケン助がしゅんっとなる。

 二匹は人間の怖さを知っているからだ。


 それでもと、クラ助はぷるぷると体を震わせ声を上げた。


『ルークしゃんのお役に立ちたいでしゅ!』

『でちゅ! ルークしゃんはぽきゅを助けてくれたでちゅ! 今度はぽきゅが……』

『そうだよ! ルークがいなかったら、ボクは今ここにいなかったんだよ父ちゃん!!』

『そ、それはそうかもしれぬが……』


 まさにその通りだ。

 ゴン太の病はエリクサーでしか治せなかった。そのエリクサーの材料が手に入ったのは、国境近くのダンジョンが復活したからで、そのダンジョンを復活させたのもルークなのだ。

 ルークがこの島にいなければク美たち親子と出会うこともなかったし、更に海賊に捕らわれていたケン助の生存を知ることもなかっただろう。


『全部ルークしゃんのおかげでしゅ!』

『そうだよ! 父ちゃんかク美おばちゃんは大きいからダンジョンに入れないけど、ボクたちなら入れるの!』

『お礼をするでちゅ!!』

『し、しかしだなお前たち……ルークは今、どこにいるか分からないのだぞ?』


 ダンジョンの中にいれば、それこそ地上から探すことは出来ない。

 ゴン蔵もク美もダンジョンの中には入れないし、子供たちだけで行かせることもできない。


(ホークらがいれば、護衛に付けさせたのだが)


 彼らはボリスを連れて大陸に渡っている。

 現在島にいる冒険者で彼らほど腕の立つ者と言えば、ギルドマスターのオレインぐらいだろう。

 騎士団にも腕の立つ者はいるが、彼らは国に属する者たので他国へ気軽に行くことは出来ない。


 だからおいそれと大陸に連れて行ってやることは出来ない──と、子供たちに諭した。


 その程度で納得する子供たちではない。


 ゴン太は町に行っては、領主の館の者たちにルークの所在を聞いて回った。

 毎日毎日来るものだから、ついにはエリオル王子の耳にまで入ったのだ。


「やぁゴン太くん。今日もルークのことを尋ねに来たのかい?」

『あ、王子様さんだ。ねぇねぇ王子様さん、ルークがどこにいるか知らない?』


 王子様さん──とは、侍女たちの間では、エリオル王子のことを「王子様」と呼び合っているのを聞いて、彼の名前が「おうじさま」だと思っているのだ。


「ルークかぁ……うぅん」

『知ってるの!?』


 知っている。

 つい先日ディトランダ国王から、トロンスタ国王宛てに書状が届いたばかりだ。

 核を破壊している犯人がまだいるようなので、ルークには城に暫く滞在して貰うことになった──と。


(ゴン蔵殿に伝えるべきだろうなぁ)


 そう思ったのだが、ゴン太の『教えて王子様さん』攻撃に王子は負けてしまった。


「ル、ルークは今、ディトランダ王国のお城にいるんだよ」

『本当! お城だね!! やったぁ~やった~。ルークがどこにいるか分かったぞ~』


 ぴょんぴょんと飛び跳ねる古竜を、周辺の大人たちは微笑ましい光景だと言わんばかりに見守っている。

 ただひとり、肩を落とす人物がいた。


(ゴン蔵殿……すみません)


 ダンジョン入口のある山を見上げ、エリオル王子は懺悔するのだった。


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