第33話


 廃墟であるはずの宿の食堂。そこは今、お洒落なカフェに早変わりした。

 床にはカーペットが敷かれ、埃を掃っただけのテーブルには純白のクロスが。

 高級そうなティーセットが並び、クッキーまで出てきた。

 それらの荷物は全部、小さな鞄から出てきた。


「アイテムボックス……ですか?」

「あぁ、そうだよ。おじい様が若い頃にダンジョンで手に入れた物なんだ。十五歳の誕生祝いのとき頂いたのだよ」


 王子様のおじい様ってことは、たぶん先代の王様だろ?

 王族がダンジョン探索するのかよー。


 お付きの人たちにも紅茶が振舞われ、全員が一息ついたところで──


「さて、本題だ。ルークエイン。君はこの島で起きていることに、気づいているかな?」


 突然来た。

 この島で起きている……なんのことだろう?


「もしかして海賊のことですか?」

「あー、それもあったね。昨晩彼とその仲間たちから話は聞いたよ。王国を代表し、お礼を言わせてくれ。ありがとう」

「い、いやあのっ。頭を上げてくださいエリオル王子」

「いやいや。人に親切にして貰ったら、ちゃんとお礼を言うようにと幼いころから教えられてきたんだ。背くことは出来ないよ」


 お、王族がそんなこと言うー!?

 そ、想像していた王族と全然違うぞ。もっとこう、踏ん反り帰っていて、威張っていて、人を見下すことしかできない。そんなイメージだったのに。


「で、でもトロンスタ王国を代表してっていうのは?」

「あぁ。あの船の積み荷はだね、我が王家が西の大陸から取り寄せた物だったんだ。私がアンディスタンの姫との婚約が決まったのでね。その贈り物の品だったんだ」

「あぁ、そりゃあ……大事な物ですよね──って、アンディスタンの姫と!?」


 確か姫は二人いたはずだ。ひとりは二十歳ぐらいだったかな。もうひとりは俺より年下だったはず。


「下の姫だよ」


 俺の考えを読んだのか、王子はそう言って笑った。


「婚約と言っても、実際の結婚はまだまだ先さ。姫が未成年だからね」

「姫は自分より下だと記憶していました。確かに成人したばかりの俺たちですから、年下ってことは未成年ですよね」


 十五歳で成人という実感もないけれど。


 だけど王子が言う『何が起きているか』の何は、海賊ではないようだ。

 じゃあいったい?


「ダンジョン──この島にそれがあることを?」

「知っていま……え、まさかダンジョンの蘇生のことで?」

「やはり知っているのか。そしてこの島のダンジョンは、復活しているのだな?」


 それを調べに来たのか。

 王子の話だと、以前はこの島はトロンスタの王国領なんだとか。

 うっわ、やっべ。俺勝手に上陸してたよ。


「今はアンディスタン領だ。もっとも、まったく管理はされていないけれどね」

「え、アンディスタンなんですか?」

「十五年ほど前かな。私の叔父の所に、アンディスタンの海軍提督であるアッポントー公爵が紹介してくださった侯爵家のご令嬢が嫁いできたんだ」

「まさかそのことでこの島の所有権を?」


 王子は頷く。

 あっちゃー。じゃあその時からこの島を、海賊に使わせていたのか。

 そこで俺は、エリオル王子のあの密約書を見せた。


 好奇心旺盛そうな笑みを浮かべ読んでいたが、次第にその表情は険しくなる。

 騎士、そして魔術師の中でそれぞれ年長者の二人もそれを読み、体を震わせた。


「な、なんたる侮辱だ! 島を海賊に使わせるために、公爵様の下へ身内を嫁がせたのか!?」


 どんっとテーブルを叩いて声を荒げたのは騎士──ではなく、魔術師のほう。


「まぁ待てロイス。叔父上も夫人も、とても幸せそうなご夫婦だ。夫人は何も知らされてないのかもしれない」

「左様でございますな。あのお二人を見ていると、それが仕込まれたものだとは思えません。悪しきはアッポントー公爵でございましょう」

「許せん! 海を守るべき海軍司令官が、海を荒らす海賊と手を組んでいたなどと!!」


 魔術師のほうが熱血で、騎士のほうが冷静って……変わった組み合わせだな。


「話は逸れてしまったが、君はこの島のダンジョンが復活したことを知っているようだな。上陸した時からかい? それとも──」


 さて、どうしたものか。

 ダンジョン復活の経緯を話すとなると、当然『錬金BOX』についても話さなきゃならない。

 箱の中でなんでも分解合成、成形に、成長促進と出来る『才能』だ。

 話すことで不利になることはないだろうけど。


「私はね、ここのダンジョンが復活した謎を調べたいのだ。あるダンジョンを復活させるためにね」

「ダンジョンを復活させるために? 何か理由でも?」


 王子は真剣な眼差しで頷く。


「病に倒れている妹を救うためだ。とあるダンジョンの最下層に鎮座していたボスモンスターを倒すと咲くという花が、どんな病でも治せる薬になるという」

「だけどそのダンジョンは、核が破壊されてしまっていると?」

「そうなんだ。我が国と他国とを結ぶ最大の大陸行路上に生成されてしまったダンジョンでね」


 旅人や商人、近隣の住民の安全を優先し、生成されてすぐに核の破壊が王国によって決定したそうだ。

 それが百年前のことで、生成されて一カ月後には核が破壊された。

 当時、王国一の冒険者パーティー複数によって、他では類を見ない速さでの攻略となった。

 で、ボスを倒して任務完了──って時に花が咲いて。


「その花を持ち帰ろうと摘み取った冒険者が、花の蜜に触れただけで全身の傷が治ったそうなんだ」

「触れただけ……」

「しかし花は数時間後には枯れてしまいまして。その姿形を見た者から聞いて、過去の資料などと照らし合わせた結果──」

「結果?」


 ちなみにこの説明は騎士の人がやっている。

 こういう時って魔術師がうんちくを垂れる場面じゃないですかね?


「エリクサーの材料であることが分かった」

「ほぉ、エリクサー。……エリクサー!?」


 ファンタジー世界あるある最強ポーション、キターッ!





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