第208話:思い違い
(もう嫌じゃん。もう嫌じゃん! ルークに仕返しするために僕ちゃん頑張ってきたけど、もう限界じゃん!)
エンディンは鍬を片手に涙を流していた。
親が──特に母親がまともであったなら、彼はモンスターとは無縁の人生を送っていたはず。
それがどうしてこうなったのか。
今は親戚であるアルゲインにこき使われ、ひたすら土を耕す人生を送っていた。
別に野菜を育てる為ではない。
エンディンが耕した土から蘇ったアンデッドは、何故か通常のアンデッドの二倍近い力を持っているのだ。
それを知ってからアルゲインは、禁忌とされた死霊術の勉強に没頭した。
元々彼は人よりほんの少しだけ魔力が高く、おかげで死霊術の習得も出来た。
ただし、召喚だけ。
本来、召喚と従属がワンセットのはずの死霊術なのに、召喚だけしか出来なかったのだ。
が、何の問題もなく。
『調教の才』で縛り、従属させればよいだけだ。
モンスターに囲まれた人生を送って来たアルゲインにとって、アンデッドに囲まれることなど恐ろしくもなんともない。
しかしエンディンは違う。あと一般人的にも、この状況は冷静でいられるはずがない。
右も左も前後も、ゾンビとホネと幽霊だらけなのだから。
「アルゲインおじさん。あんな大きな幽霊なんて、従属できる訳ないじゃん! もういっぱい従属させたんだから、帰るじゃーんっ」
「何を言っているエンディン! レイスなんてものはな、大きく見せているだけで実際にはそう強くはないのだぞ!」
「僕ちゃんそんなの知らないじゃんっ。もう土を耕し過ぎて、マメ出来たじゃん!!」
エンディンがそう叫ぶと、近くにいた従属されたスケルトンが気遣うように彼を見た。
優しい。
なんて優しいスケルトンだろうか。
そのスケルトンは手にした杖を振りかざし、カタカタと顎を鳴らす。
すると緑色の光が生まれ、エンディンの手を癒した。
それと同時にスケルトンが蒸発する。
このスケルトン、元は神官だったようだ。
聖職者としての血(は流れていないが)が騒ぎ、自身がアンデッドであるにも関わらず聖属性魔法を使用した。
そして──浄化してしまったのだ。
「……馬鹿じゃん」
エンディンは感謝もしなければ同情もしない。心底そう思っている。
スケルトンは報われることなく、成仏してしまった。
「マメが治ってよかったな。さ、どんどん耕せ!」
「嫌じゃあぁぁぁーんっ!」
「あのレイスは少し特別なようだ。上位種のスペクターかもしれないな。俺様に使役されるに相応しいモンスターだ!」
アルゲインにはモンスターの知識がある。
なまじそれがあるものだから、これがリッチだとは思っていないのだろう。
リッチは何百年も前に封印され、決して地上に出てはこない──と、図鑑には記されているからだ。
図鑑を鵜呑みにしているアルゲインには、到底理解できないのだろう。
そしてリッチの封印を解く鍵が記載されているのは、モンスター図鑑ではない。
禁忌の書だ。
今回の事で『簡単に学べる死霊術入門講座』なる本は読んだが、リッチのことなど記載されているはずもない。
「しかし、ダンジョン核の破壊と再生が繰り返されたことで、アンデッドが大行進するとはな」
アルゲインは勘違いしていた。
このアンデッドの群れは、ダンジョンの核がいくつも破壊され、そして同時に復活してダンジョンが拡張されたことによる、副産物だと。
何故彼がこんな勘違いをしているかと言えば、リッチ・ジャンが自己紹介をしている時、彼らはまだこの地にいなかったのだ。
転移屋を使って、別の町からこの王都へと来ようとしている最中だったのだ。
転移して見れば、町の住民は慌てふためき悲鳴を上げている。
他人の不幸は自分の幸せ。
他人のピンチは自分にとって絶好のチャンス!
アルゲインは王都を出て、群がるアンデッドに向かって走り出した。エンディンの耳を掴んで。
そしてルークたちとは別の方角から、徐々にアンデッドを使役していったのだ。
「召喚の手間が省けてラッキーだったな!」
「全然ラッキーじゃないもぉ──ん?」
この時初めて、エンディンは見た。
離れた場所でゾンビやスケルトンが宙に舞うのを。
土を耕すため、それまでずっと土を見ていたから気づかなかったようだ。
「なんじゃん、あれ?」
エンディンはスケルトンに「僕ちゃんを抱えるじゃん」と命じ、三体のスケルトンに持ち上げられた。
余談だが、エンディンは結構ダイエットしている。
が、元が元だけに、ダイエットしたところで未だぽっちゃりではあるが。
そんなエンディンの目に炎が宿る。
「く……くくくくくじゃん。まさかこんなところで会えるなんて、思いもしなかったじゃん。ルークエイン」
──時は少しだけ戻って、リッチ・ジャンからリッチ・メッサになった頃。
「おいおい、まだ出てくるのかよ!」
アンデッドを倒してせっかく出来たスペースが、またアンデッドまみれになった。
つまり囲まれた。
『えぇーっ。僕ちゃんとふっ飛ばしたのにぃ』
「ウーク、ゾンビまたいっぱいぉーっ」
新しく召喚されたのか?
けどなんだろう、この感じ。さっきまでのリッチと、なんか違う気がする。
そう思っていると、奴の首に鎖が巻き付いた。
「え? あの鎖って……いやいや、まさかなぁ」
鎖といっても実態のある鎖じゃない。半透明だ。
その鎖を視線で辿っていくと、アンデッドの群れの中にあった。おかげで鎖の持ち主が見えない。
違うと思いたい。そんなはずないと。
それを確かめるためには、あそこに行くしかない。
だけどもし行って奴だったとしたら、ボリスが危なくないか?
「ボリス。前に調教の鎖っての覚えてるか?」
『鎖? うん、僕を進化させたアレだよね?』
ちょっと違う。まぁきっかけにはなったかもだけど。
「モンスターを使役するための鎖だよ。あれを使ってた奴が、もしかしたらここにいるかもしれないんだ」
『えぇ!? じゃあここにいるゾンビとかスケルトンは、あいつが命令してるの!?』
「……そうとも考えられるのか? いや、でも違うんじゃないか?」
リッチが召喚したものだし、そのリッチはメッサとかいうどこのどいつかも知らない奴が復活させたものだし。
じゃああの鎖使いはなんでここに?
「と、とにかく奴かどうか確かめなきゃならない。もしリッチが奴の手に落ちれば、余計ややこしいことになりそうだから」
『じゃあ鎖の所に行けばいいんだね!』
「そうだけど、お前がまた捕まるかもしれないんだ。危ないから、お前はラッツたちの所に──」
『ヤダもーん!』
そう言ってボリスは駆けた。
駆けながらアンデッドをふっ飛ばしていく。
『僕は大丈夫だよルーク。鎖なんて跳ねのけてやるんだから!』
なんとも頼もしいお子様だ。
お子様にばかり頑張らせるわけにはいかない。
もしあの男だったら……今度こそ絶対捕まえてみせる!
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