第207話:乗っ取り→乗っ取られる?
おかしい──不死の王がそう感じたのは、眼下でちょこまかと動く人間プラスαの周辺にいた眷属らが地に還った時だった。
アンデッドは死なない。力尽きれば地に還る。
仮に生命力と言い換えた場合、アンデッドのそれは生前に多少左右されるものの、生きていた頃に比べるといくぶん高くなる。
今、リッチが召喚したアンデッド軍団は、元々が冒険者でったり兵士であったりでその辺のゾンビよりは頑丈……なはず。
(なぜだ? たった三匹に虫けらがちょこまかと動き回っているだけではないか?)
分からない。理解できない。
リッチの記憶では、角シープーは中級の中でも比較的弱い部類に入るモンスターであったはず。
ゾンビやスケルトンは生前の能力に左右されるため、まとめでこの階級というのがないが、眼下の眷属たちは少なくとも角シープーと同等かそれ以上のはず。
(なぜだ?)
人間の男からはそれなりの魔力を感じるが、それにしても大技が多すぎる。
とうに精神力が枯渇していてもおかしくはない……はずなのに、いつまでも大魔法をぶっぱなし続けているのだ。
しかも──
(なぜ人間がドラゴン種のブレスを吐く!? なぜ人間がクラーケンのアクアブレスを吐く!?)
長年封印されている間に、人間が進化したのか?
などとリッチ・ジャンは本気で考えた。
そんな彼の思考に、鼻で笑う者がいる。
メッサだ。
不死の王の封印を解いて、同じく不死の王になるための契約──など存在しない。
不死の王は自身の封印を解いてくれた者の願いは叶えるが、叶えるうえで解除者の魂も喰らうのだ。
メッサはそれを承知で封印を解いた。解いて──そして乗っ取るつもりでいた。
リッチの思念体を。
そしてそれは巧くいきそうなところまできていた。
(やはりな。封印を解いても、直ぐに全能力が解放されるわけではないようだ。私の意識がここにあることが何よりの証! 徐々に力が戻って来ているようだから、乗っ取るなら今の内だな)
そうしてメッサは行動に移した。
「リッチよ。知りたいか? あの人間について知りたいか?」
「な!? き、貴様。余に取り込まれたはずでは!?」
「くくく。そう簡単に取り込まれてたまるものか。ところで、知りたくはないのか?」
内から問いかけてくる声に、リッチ・ジャンは狼狽えた。
取り込んだはずの男の魂には自我があり、自分に問いかけてきている。
地下の大迷宮に封印される前は、地上で多くの魂を喰らってきた。その一つですら、自我を残した魂はなかった。
「お、面白いこともあるものだ。ふはははは」
「人間のこと、知りたくはないか? 角シープーが何故あそこまで強いのか……もうひとりの獣人のような少女が何者なのか」
「うぐっ」
探求心。
知りたいと言う気持ちが大きすぎて、リッチ・ジャンはリッチとなった。
人間としての短い人生では、彼の探求心を満たすことが出来なかったから。それを叶えるために不死の王となったのだから。
知りたい。
だがそれを言ってしまえば自我を持つ魂に乗っ取られる気がして……
「き、貴様に教えて貰わずとも、奴の魂を喰らえば分かること!」
「喰えるかな? いや、喰ったところで俺のように自我を保っているかもしれないぞ? そうすれば知りたいことも、知れないだろう」
「ぐぐぐっ」
「さぁどうする? こうしている間にも、お前の眷属はどんどんその数を減らしていっているのだぞ?」
人間がブレスを吐き、角シープーが地面をえぐり、獣人が大地を凍結させていく。
こんな悪夢があっただろうか?
「知りたくないのか? まぁそれならそれでいいさ」
と、リッチ・ジャンの中のメッサがそっぽを向く。そして鼻歌を歌いだした。
知りたい。
気になる。
知りたい。
本来知りたがりのリッチ・ジャンは、
ついに──
「教えてくれ!」
折れた。
リッチ・ジャンの探求心が、メッサの自我をヨイショする。
ヨイショして、立場が逆転した。
「ふふ、ふははははははは! やったぞ! やってやったぞ!! 我こそが新たな不死の王、リッチ・メッサなり!!」
大地が激震した。
そして新たに──いや、地に還ったアンデッドたちが蘇る。
リッチ・メッサは北に視線を向けた。
視界を拡大させる魔法を使用し、北の海上で待機したグインゴーニャ王国軍の船を見た。
およそ二十隻ある。一隻あたり乗員の数は二百人弱。
合計すると四千近い魂が乗っているのだ。
そう思っただけでリッチ・メッサは涎を垂らした──気がした。実際には垂れる涎もなければ、その体は実体のない思念体だ。
その時だ──
「ははははははははっ。エンディンよ! 耕せ、もっと耕せ!」
「ひぃーっ。アルゲインおじさん、ゾンビだらけで気持ち悪いじゃん」
「いいから耕せ! こんな生きのいいアンデット、早々いないぞ!!」
リッチ・メッサが蘇らせたアンデッドの一部が、何故か別の男──アルゲイン・ストラファン三十歳の支配下に下っていた。
そして気づけば、リッチ・メッサの思念体に一本の鎖が……
巻き付いていた。
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