第183話:走馬灯
朝、目を覚まして何も食べずに家を出る。
駅でパンを買って出社し、デスクでそれを食べながら始業のチャイムが鳴る前からパソコンをかたかた打つ。
俺だけじゃない。周りの人のほとんどがそんな朝を迎えていた。
そして全員が死んだ魚のような目をしていて……
「ってこれ走馬灯!? 走馬灯なのか!?」
がばっと起き上がった俺は、今度はもふもふした物に顔を突っ込んだ。
「はぁ~、癒されるぅ」
『僕の毛、気持ちいい?』
「気持ちいぃ~……ん?」
もふもふが……喋った?
ぼふんっと突っ込んだ顔を抜くと、そこには真っ白な巨大な何かが……いや、見覚えのあるこれは……。
「ボリス!?」
『あったり~♪ ねぇねぇルーク、嬉しい? 嬉しい?』
「う、嬉しいって……へ? なんで? いや、やっぱり俺、何かに衝突して吹っ飛んで死んだのか?」
さっきの走馬灯の続きなのかこれは。
だってボリスがここにいるはずないんだよ、ダンジョンの中になんか。
『ねぇルーク。ルークってばぁ』
「あぁ、こりゃダメだ。頭強く打って真っ白になっているな」
「ボリスちゃんダメよぉ。君の突進は殺人級なんだから」
「え? え? なんで……俺の走馬灯にあなた方が……ラッツさんたちが?」
国境のダンジョンに向かう俺たちに、ゴン蔵の存在を教えてくれた金級冒険者。
島の開拓がはじまって、気づけば彼らも島の一員になっていた。
そんな彼らが、俺の走馬灯に登場するって……そんなに気に掛けてたっけ?
「おーい。おぉーい。領主さん大丈夫か?」
「サラ、ちょっと治癒魔法かけてやってくれないか」
「分かったわ」
サラさんは神官で、ラッツさんとは恋仲だったはず。
その彼女が治癒魔法を使って俺の頭にそっと触れた。
するとなんとなく頭がすぅーっとして……。
「あれ? なんでラッツさんたちがここに?」
「やっと意識がしっかりしたみたいだな」
「まぁあんだけ強烈な突進攻撃喰らえば、仕方ないよなぁ」
『僕攻撃してないよ! ルークに会えて嬉しかったから、抱きついただけだもん!』
「分かった分かった。お前の愛情表現なだけだよなぁ。そうだよなぁ。それが凶器なんだよ」
ラッツさんたちの話を聞いて俺は理解した。
ボス部屋を覗いた時に俺をふっ飛ばしたのは、猛スピードで走って来たボリスだ。
なんでボリスがダンジョンに?
だって地上のモンスターはダンジョンに入れないんじゃ……。
いや、入れない──ではなく、入りたくない、か。
『僕ね、僕ね。ルークと一緒に旅をしたいんだ。ルークと一緒に冒険したいんだ』
「え、いやでも」
「ご領主の傍にいたいってだけで、こいつは嫌いなダンジョンも克服したんですよ」
「ラッツさん? あなた方がボリスを?」
頷く彼らは、俺を立たせてからボス部屋へと案内してくれた。
「で、結局こいつは父ちゃんの言いつけ通り、島のダンジョン七階まで下りて行って、そこの転移魔法陣から戻って来たんだよ」
「はぁ~……地上のモンスターはダンジョンを恐れるっていうのになぁ」
「なんか聞いた話だと、ボリスはダンジョン生まれなんだって?」
「え、えぇ。でもそれが原因でダンジョンが平気に?」
ボス部屋には他にも冒険者が数人いる。
彼らとは離れた場所でテントを張っていたラッツさんたちの下で、前世でいうココア片手に話を聞いていた。
「いやぁ、平気じゃなかったさ。最初は10メートル程度で悲鳴上げて出て来てたし」
「そうそう。私たちが道案内してあげたんだけど、初日はもう全然。ねぇ」
「そうよぉ。でもねぇ、その後が……」
と言って、パーティーにいるもうひとりの女性マリーナさんの表情が曇る。
彼女だけじゃない。ラッツさんも、盾役のホークさんもサラさんもだ。
「二日目にはなんか吹っ切れたみたいでさ……」
「全速力でモンスターふっ飛ばしながらダンジョン突っ切ってね」
「私たち、たった二日で七階まで到達したんだよ。凄いよね。最速記録よね」
そう話す彼らの目は、サラリーマン時代に毎日見ていた先輩たちの目に似ていた。
「ボリス凄いねぇ~」
『えへへ、僕凄い? ねぇルーク。僕頑張るよ。ルークを守ってあげるよ。だから一緒に連れて行って?』
と、ボリスは瞳をきらきらさせて俺を見つめる。
たった二日で地下七階まで突っ切ったのか……。
きっとボーリングのピンみたいな感じで、ダンジョンモンスターをふっ飛ばしながら全速力で走ってたんだろうな。その後ろをラッツさんたちが必死に追いかけたに違いない。
お疲れ様ですみなさん。
「一緒にって……ボスはいいって言ったのか?」
『ダンジョンの転移魔法陣使って帰って来れたらいいって言ったもんっ』
というボリスの言葉に、金級冒険者四人組も頷く。
「ふぅん……まぁラッツさんたちが証言するなら、ちゃんと父ちゃんの許可貰って来たってことだろう。けど本当に大丈夫か、ボリス?」
『大丈夫!』
わざわざ来てくれたんだ。このまま帰すのもかわいそうか。
実際こうしてダンジョンに入って来てんだし、パニックになることも……ない、よな?
「よし。じゃあ俺からもテストだ」
『えぇーっ!?』
「コアを再生させたらボスが出現するから、そいつを見てもビビッて腰を抜かしたりしないなら──一緒に連れていってやろう」
『やったー! 早くボスを呼び出そうっ、ねっねっ』
まぁまぁ待て待て。
まずは破壊されたコアを──あ、もう綺麗に集めているんですね。
あ、はい。じゃあ……あっちの冒険者が見ていないうちに……
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あれ?
二月・・・お前、どこいくん?
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