第112話:閑話1-2

「よく来たな、ルークエインよ」

「はっ。この度はなんの連絡もなしに突然押し掛けてしまったこと、申し訳ありませんでした」

「なになに。そう畏まる必要もない。今はエアリスの父として、そなたと会っておるのだから」


 公務の休憩時間だということで、陛下は中庭でティータイムをしていた。


「しかし大人数だな。どうしたのだ?」

「あ、はい。実は──」


 酵母を買うために来た。

 その為だけに魔導転送を使ったなんて言ったら、陛下から怒られるだろうか……。

 

「お父様っ。ワインの酒造用に使う酵母を買い求めに来たのですわ」

「ほぉ、ワイン用の?」


 俺が悩むのもバカらしくなるほど、エアリス姫がさらっと真実を話してしまった。


「し、島で自生していた葡萄──いえ、ブッドウの中に、ワインに適した品種があるということでして」

「それで酒造を?」

「出来るっていうなら、何でもやってみようと思いまして」

「特産品作りという訳ですな」


 陛下とお茶をしていたどこかの貴族に言われ、はっとなった。

 特産品……それはいい。巧く出来れば島特産品として売り出そう。


「ワイン酵母でしたら、うちの農園で使っているモノがあるのでどうです?」

「え、いいのですか?」


 陛下とお茶をしているのは四十代の、ちょび髭がキュートな紳士だ。

 彼が立ち上がり名乗る。


「わたしはガイザルン・エフィカトーレ。我が領地もブッドウ栽培に適した環境でな」

「ワイン造りも?」

「もちろん」


 じゃあ商売敵になるんじゃ──と思ったけれど、その心配はなさそうだ。


「トロンスタより北の国では、良質なブッドウが取れぬのだ。だからワインはいくら作っても足りぬほどなのだよ」

「ではトロンスタ王国でも、ワインは品薄なのですか?」


 陛下とエフィカトーレ殿が頷く。

 そういや島の食堂でも、ワインはないな。仕入れは各宿や食堂に任せているけれど。


 ふむふむ。じゃあひとつ、張り切ってみるか。


「ところでエアリスよ。そろそろ帰って来るつもりはないのか?」

「あらお父様。わたくし、ルーク様のお嫁さんになるんですもの。もう帰って来ませんわよ」

「は? え? お?」


 い、今なんと仰いました?

 へ、陛下の前で、今なんと!?


 ちらりと陛下を見ると、頭を抱えているじゃないですかぁー。


「エアリスよ。ルークエインを困らせてはいないだろうな」

「ルーク様が?」


 姫がちらりと俺を見る。

 困っているというほどでもないけど、まぁどこにでもついて来ようとするのはまぁ……。

 なんて今ここで言ったら、危険な場所に姫を同行させていることが陛下にバレてしまう!?


 言えない。絶対言えない。


「エアリス姫にはいろいろ助けられています」

「だと……いいのだがなぁ。体が弱く、城から一歩も外に出れなかったのもあって、その分甘やかして育てたので心配でなぁ」

「わ、わたくしだってルーク様のお役に立てるよう、一生懸命頑張ってますわっ」

「シアも頑張ってうもんっ」

「んまっ。どうしてここでシアが出てきますの!?」


 そしてまたシアとエアリス姫がにらみ合う。


「エアリス、すぐウークとひっつく!」

「シアだってひっついているでしょっ」

「シアはいいの」

「わたくしだっていいの!」

「がううぅぅっ」

「くぅーっ」


 二人がにらみ合っても、それを誰も止めようとはしない。

 ま、いつもの光景か。


「ルークエインよ。すまぬな」

「え、いえ、別に。こう見えてシアと姫は仲が良いんですよ」


 たぶん。


「そうだな。エアリスも年の近い友人を持っていなかったし、なによりあの娘は『姫』としてではなく、『エアリス』として見てくれておる。よき友として、これからも傍にいてくれることを願うよ」

「大丈夫ですよ陛下」


 本音をぶつけ合える、最高の親友でいられるだろう。


 けど……

 忘れがちになってしまうけれど、シアは人間でも獣人でもない。

 魔獣だ。つまりモンスター。

 ゴン蔵の話だと、精霊にも近いらしいけど。


 シアの正体を知って、姫がどう思うか。

 願わくば、知ってもなお、今と変わらないでいて欲しい。






「それで、酵母は手に入ったのですかな?」

「あぁ、これだ」


 瓶の中に入った粉末が酵母らしい。菌なので、あとはこの島で増やしていかなきゃならない。

 

「ま、ひとまず錬成してみるか」


 お試しなので少量しか作らない。ならそれに合わせたサイズの樽を錬成して──。

 それからブッドウを分離錬成っと。

 果汁だけを樽に移し、ロクが酵母を入れる。


「よし、これを箱に入れてっと」

「錬成すうの?」

「どんな味になるか、みておきたいからな」

「でもルーク様、お酒は飲めましたか?」


 ……あ。


「なに!? 味見なら任せとけご領主さんよぉ」

「そうそう。お子様ご領主には、酒の味はわっかんねーだろうしなぁ」


 ……どっから湧いた、この冒険者。


「……ワインの味がわかるのかよ」


 にまぁーっと笑う冒険者たち。

 んじゃまー、錬成っと!


 ・

 ・

 ・


「うぃー。んめぇーじぇ」

「ひゃいひゃいひゃい。ふひひひー」


 ただの酔っぱらいが出来上がった。

 一杯じゃよく分からないと二杯目を飲み干し、こうなった。

 呂律が回ってないし、笑いまくって話にならないし。


「ルーク様、ワインが出来たのですかな?」

「あ、ジョバン。いやそれがさー、俺が味見出来ないもんで冒険者が買って出てくれたんだけども」

「ぼうけんしゃー、くさいのー」

「たった二杯で酔ってしまうなんて、お話になりませんわ」


 ゲラゲラ笑っていたかと思うと、冒険者が急に静かになった。

 あ、寝たのね。

 はぁー……。


「あの、少しよろしいでしょうか?」

「ジョバンも飲めるのか?」

「えぇ、まぁ嗜む程度ですが」


 樽からグラスに注いだワインを、ジョバンに手渡す。

 ジョバンはグラスを回し、匂いを嗅ぎ──おぉ、こういうのテレビでも見たことあるな。

 ワインソムリエっぽい。


「ふむ……では一口」


 ワインを口に含むと、まるでうがいをするような感じでクチュクチュとしている。

 それからごくりと呑み込み、


「ふむ。発酵のさせ過ぎでしょうか? 少々アルコール度数が高いようです」

「錬成しすぎたのか」

「しかし味は悪くはございませんよ」

「そうか。じゃあアルコール度数の調整次第で、商品にできそうだな」


 とりあえず、味見役はジョバンにやって貰うことにしよう。

  

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