第126話

「怪我人はいるか!? 倒壊した家屋がないか、すぐに調べろっ」


 駆けるボリスの背中から命令を出す。

 町へと到着したものの、見える範囲で倒壊した家はなさそうだ。

 それほど大きな地震ではなかったと思う。思うが……。


 ここは島だ。周りが海で囲まれている。

 だからこそ気になるんだ。


「ゴン蔵、気づいてくれないか」

『ンペェ』

「さっきの地震で津波が発生しないか、気になるんだよ」

『ペ?』


 津波を知らないだろうボリスが首を傾げた。

 そんなボリスのもふもふした首元を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細め。それから突然、


『ペエエェェェェェーッ』


 っと山に向かって吠えた?


「ボリス?」


 暫く山を見つめていると、ばっさばっさとゴン蔵が……来た!


「ボリス、呼んでくれたのか!?」

『ペー』

「ははっ。サンキューな」


 もうわしゃわしゃしてやるよぉ。


『なんじゃ。我、今忙しいのに』

「すまないゴン蔵。あ、そっちは無事か?」

『揺れのことか? あの程度で狼狽えるとは情けない』

「今忙しいって言ってたじゃないか」

『雪かきに忙しいんじゃ。人間どもめ。たかだか2メートルほど積もっただけで埋まりおるからの』


 お前にとって2メートルは、その辺に埃が少し積もった程度なんだろうけどな。

 しかし冒険者の為に雪かきをしてくれていたとは……ただあのやり方はどうかと思うぞ。


「雪崩を止めてくれたみたいだな、ありがとう」

『ふん。余裕じゃわい。それよりなんの用だ?』

「そうだ。海の状況を確認したいんだ。さっきの揺れで津波が発生しないか、心配でね」

『大丈夫だろう。我も上から見たが、そんな兆しはなかった。まぁ心配なら海岸まで乗せてやる。ク美にでも尋ねるがいい』

「あぁ、頼む。ボリス、ありがとうな。お前も家に戻って、父ちゃんを助けてやれ」

『ペェ』 


 ボリスの背中から下りて、今度はゴン蔵の掌の上に。

 雪の上を駆ける音がして振り向くと、屋敷の方からシアが走ってやって来た。


「ウーク!」

「シアっ。無事か?」

「うん、シア大丈夫。エアリスも平気。みんな平気」


 屋敷の方から駆けてきたシアが、あっちも全員無事なようだ。


「シア、俺は海岸へ行く。悪いがシャテルドンに北区の農家の様子を見るよう伝えてくれないか?」

「わかったお。ウーク、気を付けてね」

「あぁ、お前もな」


 彼女の頭を撫でてやり、それからゴン蔵に声を掛けた。

 風を起こすことなく、静かに浮き上がるゴン蔵。ある程度の高さまで昇ると、海岸に向け加速した。

 何度目かの呼吸で海岸へと到着すると、俺と同じことを考えたのだろうか、船乗りたりが沖を見つめている姿が。


 さすがにゴン蔵の到着には気づいたようで、彼らが一斉に振り向く。


「ゴン蔵、サンキューな」

『帰りはどうする?』

「馬車の馬を使うさ」

『くふふふ。振り落とされぬことだ』


 ほっといてくれ。どうせ俺は乗馬がヘタですよーだ。


 ゴン蔵が飛び立つのも見送らず、俺がすぐさま船乗りたちの下へ。


「海は!?」

「ご領主様。今のところは無事ですぜ。特に波が引くなんてこともねーし」

『ルークさん』


 ク美だ。それにクラ助とケン助が陸に上がって来た。


『海水はブルブルってしたでしゅよ』

『ブ、ブルブルでちゅ』

「ク美、津波の気配は?」


 ク美は頭を出し、長い腕を使って左右に振る。


『津波を起こせるほどのエネルギーはなかったようです。安心してください』

「はぁー……よかった」

「よぉし、みんな。聞いただろうから、安心して家ん中の片づけに戻れ」

「あ、建物の被害は?」


 帰ろうとする船乗りに声を掛けると、こちらは物が散乱した程度。ガラスも無事だという。

 船乗りたち同様に、海岸近くに家を建てて暮らす海軍騎士のライエルンが部下を連れてやって来た。

 騎士団の住居も無事。


「もともと海風対策で、窓枠が頑丈に作られていたからでしょう」

「あぁ、なるほど。ライエルン、何人かを町の方に送ってくれないか」

「畏まりました。こちらより被害があったようですね」


 騎士団の準備を待たず、馬に乗って町へと引き返す。

 森の中の道を抜け、見張り塔に声を掛けた。


「大丈夫か!?」

「ルーク様っ。今確認中ですが、ひとまず石が崩れたりなどはしておりません」

「分かった。塔の壁にひびでも入ってたら大変だからな。見つけたら町のほうまで知らせてくれ」


 それから町へ。

 すぐに島民が俺に駆け寄って来た。


「領主様っ」

「海を見てきた。大丈夫。津波は来ないと、ク美のお墨付きだ」

「はぁ、よかった。子供の頃に読んだ本に、大波で大陸が沈没するなんてのを見たもんで」

「大陸を沈没させるような津波だと、さすがにさっきの地震じゃあ無理だろう」

「まったくこの人ったら、臆病なんだからさぁ」


 苦笑いを浮かべる男の横で、少し恥ずかしそうな奥さんの姿が。

 ま、笑い話になる程度でよかった。


 シャテルドンらと合流し、被害状況を確認。


「家屋の倒壊はございません」

「あったぼーよ! 俺様があの程度の地震で壊れるような家、建てるわきゃねーだろ」

「しかし一軒一軒、傾きがないかなど、調べる必要はあるかと。だな、グレッド氏」

「ぐ……チェックは必要だ」


 そうして騎士、島の大工らが二人一組で、全部の家をチェックして貰うことになった。

 俺は割れたガラスの再錬成だ。割れたは後回しに。

 まだ雪がたっぷり残るこの時期に、窓ガラスが割れたままとか凍死するだろ。


「ウークッ」

「ルーク様、お手伝いに来ましたわ」

「シア、姫。よかった。これからガラス再錬成めぐりするんで、姫は割れたガラスのサイズを測って貰えますか? シアはガラスの材料を念のため持って来てくれ」


 破片が細かすぎて拾えない分は、新しく材料を足さなきゃならない。

 なんとか夜までに全部終わればいいんだけどな。

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