第125話:地震

『ンベェーッ』

「ボスー。あっちの雪かきも頼むぅー」

『ベヘェー』


 今年の冬はここ最近の中で一番冷え込んだな。もう三の月の半ばだってのに、まぁだ雪が溶けない。


『ズモモ』

「お前たちのおかげで、ドドリアンハウスまでの道は常に道があるな」


 俺が錬成したスコップを手に、毎日交替で雪かきをしてくれるモズラカイコたち。

 もちろん理由は、俺やロクにドドリアンハウスに入って貰う為なんだろうけどさ。

 

 モズラカイコは木に水を撒くことは出来るが、それだけだ。

 木が病気になっても、それを治療する能力はない。そして俺やロクにはそれが出来る。

 モズラカイコたちはそれを知っているから、こうしてせっせと俺たちが通る道を作ってくれる。

 可愛い奴らだ。


 ガラスハウスに入ると、中にはロクの姿があった。


「あぁ、おはようございます坊ちゃん」

「ロク、早いな」

「そりゃあ毎朝、せっせと雪かきをしてくれるのがいますからねぇ」

「え、ロクの家からずっと雪かきしているのか?」


 ロクが頷き、一匹のモズラカイコがスコップ片手にドヤァっと胸を張った。

 ドドリアンの為ならなんでもしますってか。


「こちらはわしとモズラカイコで十分ですので、ルーク坊ちゃんはほかのガラスハウスを見てください」

「見る前に雪かきだけどな」

「この子らが他のガラスハウスまでの道も、雪かきしてくれるといいのですけどねぇ」

「はは。仕方ないさ。そもそもこいつらはモンスターなんだ。自分たちの大好物の為とはいえ、襲ってくることもなく道を作ってくれるだけでも感謝しなきゃな」

「まぁそうなんですがね」


 孫を見るときと同じような目で、ロクはモズラカイコたちを見た。

 モズラカイコもロクによく懐いてるもんなぁ。


『ンッペェーッ!』


 奥のガラスハウスの近くで、ボリスの声が聞こえた。

 と同時にドゴーンっと轟音が鳴り響く。


「ボリス! ガラスハウスまで突っ込んでいくなよっ。その頭突きで俺の苦労がバラッバラに砕け散るんだからなっ」

『ペヘ』


 可愛くすりゃあ許されると思うなよ。


『ペペ~』

『ンッペ』

「お前らも頑張るのか? 寒いから無茶するなよ」


 今日はキャロルとキャスバルも一緒だ。キャスバルは男の子だからか、早くボリスのように頭突きがしたくてたまらない様子。

 それにしても……。


「角シープーって、こんなにでかい生き物だったか?」


 ボリスが一歳と三カ月ぐらいか。キャロルとキャスバルが、あと二カ月ぐらいで一歳だ。

 みんな、産まれた時は中型犬よりやや小さいぐらいだったのに、ボリスは普通の羊ぐらいになってるし、キャロルとキャスバルも大型犬並のサイズだ。

 成長、早くないか?


 前にジョバンも「大陸で見る角シープーより大きい」って言ってたしなぁ。

 ステータスの実で、他の一般的な角シープーより強くなっているのは分かる。

 体が大きいのも、ステータスの影響なのかねぇ。


「さぁ、ボリスに負けないよう、俺もやるかぁー」


 ガラスハウス周辺は力任せにやると、ガラスを割る恐れがある。そこはさすがに人の手で──

 と、スコップを構えたところで、背後の山から轟音が響いた。


「んなっ。なんなんだ!?」

『ンベベェ』


 振り向いて山を見ると、真っ白い煙が上がっている。

 いや、雪煙か?

 よく見ると、雪で真っ白にまった山に、銀色に光る塊が動いている。


「ゴン蔵……か?」 

『ベェー』

「あいつ、何やってんだ?」

 ──雪かき。

「はぁ? いやあれは雪かきっていうか……ん?」


 い、今の声……誰?

 ロクはまだガラスハウスの中だし……。他に誰か?

 と思っても見当たらない。

 いるのはボスと、子シープーたちだけだ。


「ボス……」

『ベェー』


 な訳ないか。気のせいだろう。


「しっかし、ゴン蔵の奴。派手にやってると、雪崩が起きるぞ」

『ンベェベー』


 雪崩が起きても、ゴン蔵には痛くも痒くもないだろうけどな。

 さて、雪かきの続き──


 スコップを構えた瞬間、今度は轟音ではなく、足元がグラグラと揺れ始めた。


「おっ、おっ、おおぉぉぉぉロクウゥゥゥ」


 地震!?

 し、しかも長い。小さくもないっ。

 ガラスハウスの中にロクが!


『ズモッ』

『ズモモモモォォ』

「ロ、ロク!」

「ルーク坊ちゃんっ」


 二匹のモズラカイコに抱えられ、ロクがガラスハウスから出てきた。

 その間も地面は揺れている。


「ボス! チビたちをっ」

『ンベェーッ』


 ボスは既にキャロルとキャスバルを傍に置いて、覆いかぶさるように守っている。

 ボリスはその場でじっと動かないでいる。


 やがて揺れは収まった。


『ベーッ』

『ペェー』


 ボスがボリスの無事を確認しているようだ。


「ぼ、坊ちゃん。大丈夫でしたか?」

「あぁ、俺は大丈夫だ。モズラカイコ、ロクを連れ出してくれてありがとうな」

『モ……ズモォ』


 あっちゃー。ドドリアンハウスのガラスが割れてしまったな。


「心配するな。最優先で修理してやるから」

『ズモ!』

『ズモォ』

「はっは。モズラカイコたちが感謝しているようですな」


 ガラスの破片を集めれば、またすぐ元通りだ。


『ベェ』


 ボスが山を見て短く鳴いた。

 その方角を見ると、山の一部が今まさに崩れ落ちて──


「雪崩!?」


 今の地震で雪崩が発生している!?

 ま、まずいっ。

 ダンジョンの入口があるのにっ。


『ベ』

「ん? ゴン蔵か!?」


 雪崩の進行方向に、銀色の塊がいた。

 ゴン蔵だ。


 麓からでも分かる。

 ゴン蔵がブレスを、まるで薙ぎ払うかのように一閃すると、雪崩が凍り付いて止まった。


「だ、大丈夫そうか?」

『ンベェー』


 呑気なボスの声。大丈夫そうだ。

 

「ロク、お前は家に戻れ」

「はい。坊ちゃんは?」

「俺は町に戻る。それから海岸だな。ボス、お前も家族のところに戻るんだ。小屋が壊れてたりしたら、あとで町に来い」

『ベェ。ンベベェー』


 子供たちに帰るぞと伝えたのか、子シープーたちがボスの所に集まる。

 それからボリスに何かを伝えるように話しをすると、俺を見た。


『ベ』

『ペー』


 ボリスだけが俺の傍に。そして頭を下げて、俺の足に鼻先を擦りつけた。


「乗れって言うのか?」

『ペー』

「ボス?」

 ──乗って行け。


 また声?

 まさかボスなのか?


 いや、実際に聞こえている訳じゃないかもしれない。

 ボスの言わんとすることが、分かって来ただけなのかも。


「分かった。ボリス、頼むな」

『ペー』


 ボリスに跨ると、その毛にしっかり捕まった。

 蹄の音が二度聞こえ、それからボリスは地を蹴って走った。

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