第109話:再会2

「船が来てる……商船かな?」


 トリスタン島に戻って来たのは、ク美の息子を救助して五日後だ。

 息子の体力が戻るのを少し待ってから出発したので、少し遅くなった。

 

 浜辺の船着き場のほうに、見慣れない船が一隻停泊しているのが見える。


「ロロトア商人の船のようですね」

「お、じゃあエアコンの件かな?」


 上手く販売が軌道に乗ったのかな?

 いや、それにしては……早すぎるような。


 岩場の船着き場へと戻って来ると、ジョバン、ロクとクラ助が出迎えてくれた。


「出迎え、ありがとう。クラ助っ飛び込め!」

『う? なんでしゅか?』

「いいから飛びこめ! かーちゃんが海中で待ってるぞ」

『は、はいでしゅ?』


 ぷるんっと胴を傾げながら、岩場から海に向かって飛び込むクラ助。

 あとは母子水入らず、ゆっくりさせてやろう。


「ふふ。クラ助きっと、大喜びですわね」

「ウーク、えらいえらい」

「ジョバンとロクまで迎えに来てるなんて、珍しいな」

「はい。いろいろございまして、時間の調整を仰せつかってきました」

「ジョバンさん……それを言っちゃったら……あぁ、まぁとにかく坊ちゃん、のんびり帰りましょう。のんびり」


 のんびりを強調しているな、ロクのやつ。


『ルークしゃあああぁぁぁぁんっ。あるがとうでしゅうぅぅぅぅぅっ!!』

「クラ助、おわっ!?」


 海面から飛び出してきたクラ助が、まっすぐ飛んでくる。

 マズい。いくら子クラーケンと言ってもな、クラ助は──クラ助は──


「おまっ。最近健康的に体重増えてってるだろおおぉぉぉっ」

『ひゃっきろでしゅうーっ♪』


 ぎゃああぁぁぁっ!


 飛び込んでくるクラ助のボディプレスを回避すべく、両手を差し出しなんとかキャッチ!

 お、意外と軽い。

 うんうん、筋力ステータスのおかげか。


 逆に言えばステータスの実の恩恵なかったら、腕の骨やらかしてたぞきっと。

 そのキャッチしているクラ助はというと、大きな黒目を輝かせていた。


『ルークしゃんルークしゃん! おにいしゃんの名前も、付けて欲しいでしゅ!』

「ん。もう考えているぞ」

『おおぉぉぉ!』


 ふふん。当たり前じゃないか。


「えぇ、ルーク様。もう名前を考えてしまいましたの?」

「そうですけど。あ、もしかしてエアリス姫も?」

「わ、わたくしはまだ決めかねていますわ。ブリリアンやシュトラーゼ、ラインハルトなんてどうでしょう?」


 ……めちゃくちゃカッコ良すぎません?

 ク美もクラ助も、ちょっとだけ日本語が入っている。そこで完全カタカナネーミングは、家族の中で浮くと思うんだけどな。

 まぁ日本語なんて言っても、誰もしらないだろうけどさ。


 だが、本イカに聞く必要もある。もしかするとラインハルトがいい! って言うかもしれないし。


「ク美。もうひとりの息子君は?」

『はい。ここに』


 ク美の腕に抱えられて、長男のほうが海中から出てきた。

 ビクりと震え、ク美の腕にしがみつく長男坊。

 まだ俺たちへの警戒心は、完全には解けていない。仕方ないさ。恐ろしい目にあったのだから。

 エリクサーで助かったものの、古い傷までは治せなくて、胴の一部が欠けたままになっている。

 ク美は『このぐらいなら支障はありません』とは言うが、こんな幼い子が深い傷を負ったことはかわいそうだ。


「長男君よ。お前はどの名前がいい?」

『ぴゅるる?』

「エアリス姫は、ブリリアンかシュトラーゼ、ラインハルトのどれかにしようかと考えているらしい」

『ブリ……ブリブ……リ』


 ブリブリじゃあない。


『ルークしゃんはおにいしゃんに、なんて名前を考えてくれたのでしゅか?』

「ん、俺はな──」


 クラ助を撫でてやり、それから長男君を見た。


「俺が付けるなら、お前の名前はケン助だ」

『ケン……ちゅけ……』

『ケン助でしゅか?』

「あぁ。お前がクラ助で、兄ちゃんがケン助。二……二人合わせてクラーケンだ。な?」


 イカなら二杯って数えるべきか、一瞬悩んだのは内緒だ。


『ぽくとおにいしゃんでクラーケンでしゅ! かっこいい、凄いでしゅルークしゃんっ』

「シアもウークの名前がいいと思うー」

「いやいや、こういうのは本人の意見が一番大事なんだぞ」

『おにいしゃん、どうでしゅか?』


 みんなの視線が長男君に集まる。

 恥ずかしいのか、それとも怯えているのか、長男君はク美の腕で目元の隠した。

 気のせいかな?

 白い皮膚が赤く点滅しているように見える。


『──でちゅ』

『もっと大きな声で、はっきりと伝えなさい』


 消え入りそうな声の長男君に、ク美が優しく、だけど母親らしく教育する。

 長男君は長い腕でもじもじしながら、点滅する速度を上げていった。


『か、かっこいいでちゅ。ケン助、ぼきゅケン助がいいでちゅ』






「養殖場を増やしたほうがいいのですかねぇ、坊ちゃん」

「うぅん、そうだなぁ。またモズラカイコたちに頼まなきゃなぁ」

「しかしドドリアンの収穫時期は、そろそろ終わりを迎えます。ガラスハウスでもあればよろしいのですが」

「じゃあ作るか」


 ケン助は栄養不足で体が小さい。

 クラ助と数分違いで産まれた双子の兄弟だ。だけど差が出てしまっている。

 これからケン助にはたくさん魚を食べて貰って、ぜひ大きくなって欲しい。


 そんな話をしながら、徒歩で町へと帰宅。

 岩場の船着き場から、ゴン蔵が空けたトンネルを出て真っ直ぐ進み、暫くすると新しく建てた見張り塔が見えてくる。


「ではルーク様」

「じゃあねウーク」

「んじゃあな、ご領主様」

「ではルーク様。ここで暫くお待ちください。後ほど迎えのモノが来ますので」


 え?


 いや、なんで俺だけここで待機?

 塔で見張りを担当する騎士たちが、冷たい果実ジュースを出してくれ、なんとなくわざとらしく今回の事を聞いてきたりして。


 二時間ほどしてだろうか。僅かな羽ばたき音がすると


「あっ、ルーク様、お迎えが来ましたよ」


 と、騎士にぐいぐい押されて外へ。


「ゴン蔵っ」

『おかえり、ルークエインよ』

『おかえりー、ルーク』

「ゴン太も来てくれたのか。ただいまっ」

『さっそくだが、乗れ』


 ゴン蔵が差し出した掌に乗ると、ゴン太と一緒に太い爪を掴む。


『では帰るぞ』


 ふわっと浮き上がったかと思うと、一瞬にして上空へと舞い上がる。

 島の全貌が見えるほどの高さまで来ると、ゆっくりと町を目指して降下していく。

 もともと見張り塔から1kmもない距離だ。羽ばたく必要もなく、ゴン蔵がゆっくり斜めに下りて行くだけ。


 ここからだと町も良く見えるな。

 あそこが冒険者ギルドで、あっちが新しく出来た食堂。あ、あそこもだな。

 俺の家は──ん?


「あ……れ? なんで住民があそこ・・・に集まってんだ? 未完成な屋敷の周りなんかに」

『未完成? そう見えるか?』

『ふふふ。みんな頑張ったのー』


 みんな……頑張った?


『今宵は宴と聞く』

「う、宴?」

『トリスタン島領主の居城……というには小さいか。その完成を祝う宴だとさ』


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