第151話

 字を見ていると眠くなる。

 気づけばボスを布団にして眠っていた。


「ルークエイン男爵!? 何があったのですか、いらっしゃるのですか!?」


 どんどんと激しくドアを叩く音で目が覚めた。

 んん……窓の外が明るい。朝?


「おぉ! 昼夜逆転生活は一日で終わった?」

「ルークエイン男爵!? い、いるのですね?」


 イスル公の声?

 なんでそんなに焦っているんだろう。


「はい、いますけど、どうしたんですか?」

「どうもこうもっ。部下があなたの朝食を届けようと書斎に来て見れば、ドアが開かないので心配してわたしに報告しにきたのですよ」

「ドアが……」


 鍵なんて掛けてないはず──と思ってドアの方を見ると、それは俺の目の前にあって。

 そのドアの前にはボスのだらしなく寝る姿がある訳で。

 ボスには俺、シア、チビーズが寄り添って眠っている。合計の推定体重なんて分からないが、そりゃービクともしないよな。


「す、すみません。みんなしてドアに寄りかかって眠ってしまってっ。い、今どかしますから」

「な、なるほど……そうだったんですね。てっきり何か罠でも仕掛けられて、倒れられているのではと心配しました」


 ある意味、文字という罠にかかって倒れていたとも言える。あとボスに寄りかかって本を読んでいたのがいけなかった。

 みんなを起こし、最後にボスを立たせてドアを解放。

 廊下には心配そうにこちらを見る兵士と、ほっと胸を撫でおろすイスル公の姿があった。


「す、すみません。変な所で眠ってしまって」

「無事で何よりです。もうお昼前ですが、食事はどうされますか?」


 昼前か。かなり寝坊したな。


「シア、お腹ペッコペコぉ」

「あー、はいはい。すみません、では頂きます」

「では、食堂のほうへ。彼らは何を用意すればいいでしょう?」


 イスル公はそう言ってボスたちを見た。

 野菜や果物、魚、なんでも食べるが、香辛料やお酒がふんだんに使われているもの以外で。

 そう伝えると、すぐにイスル公は部下に命じて厨房へ向かわせた。


 俺とシアは彼の部下に案内され、まずは身だしなみを整えた。

 それから食堂へと案内され、テーブルに着席する。


 貴族の食堂ってのは、だいたい無駄に長いテーブルがあって、二十人ぐらい座れそうなところにぽつんと数人が座るという感じだ。

 この食堂もそうだ。

 で、ここで食事をしていたのは、たぶんアルゲインだけだろう。

 テーブルと揃いの椅子は一脚しかなく、他の椅子はその辺から持って来ましたという感じでデザインがバラバラだ。


 アルゲイン、寂しい食事をしていたんだな。だから拗ねた大人になるんだよ。


 今椅子に座っているのは、俺とシア、そしてイスル公。あと知らないおじさんだ。

 座ってないけどボスたちもいて、知らないおじさんが脂汗をかいていた。


「あの、ボスたちは別室でも」

「いえ、いろいろ尋ねたいこともありますので、どうぞご一緒にお願いします」


 ちらりとおじさんに目をやると、イスル公が理解したようで紹介をしてくれた。


「こちらはリシュタット公爵です。マウロナ共和国がいくつかの部族からなる国だというのは?」

「えぇ、知っています。もしかして七部族長の?」


 七部族というのがこの国で最も権力のある一族で、いろいろな政を決めるときの多数決票をより多く持っている貴族だ。


「その通り。わしはマウロナ評議会の副議長も務めておる」

「議長のほうはティアムン派だったんですよ……どうやらティアムン公爵が王になった暁には、宰相にすると約束されていたようで」

「え、でも議長も宰相も、この国の制度からすると立場的には変わらないのでは?」

「議長も副議長も、そして議員も、実は報酬は一律なのだよ」


 とリシュタット公爵は苦笑いを浮かべて言った。

 報酬を一律にすることで、揉め事を緩和させたそうだ。


「それにわしのような役職もな、五年交代という制度でやっておる」

「それも揉め事を減らすための策なんですか?」


 これにはイスル公も一緒に頷いた。

 まぁなるべく公平にやることで、そのうち順番が回って来るからと変な気を起こす人もいなくなるんだろう。

 ただし、そのうち順番が~で満足しない奴もいた。


「それがティアムン公爵だ。しかも他国から招き入れた男の能力を使おうなど……」

「アルゲイン……ですか。あの、彼の生家は?」

「去年処刑されたアッテンポー公爵の甥にあたる。アッテンポー公爵の弟君がアルゲインの父親だ」


 あぁぁぁ……やっぱりアッテンポー家の奴だったよ。

 町で話を聞いた時は、相手は「そうだったかも?」ぐらいの反応だったけど、こうして公爵なんて身分の人から聞かされると、気のせいかもじゃすまないな。


 はぁ……。


「どうかしましたかな、トリスタン男爵」

「あ、いえ……ちょっと精神的ダメージが」

「精神的?」


 アッテンポーと親戚だったという話はあまりしたくない。

 だけど異国の、しかも大物貴族に隠し事をして、あとでバレた時のことを考えるとマズいんだよな。

 だから今ここで全部話した。

 俺の出自や屋敷を追い出された経緯、それからトロンスタ王国のエリオル王子に出会ってからのことまで。


「──という訳でして……アルゲインとは遠い親戚になってしまうと」

「しかし男爵は、アッテンポーとの血の繋がりがないのであろう?」

「生家を追放されたその瞬間、ローンバーグ家とも縁が切れます。親戚とは呼べませんよ」

「そうだとも。気に病む必要はない。むしろ縁を切ったあとでよかったではないか」


 そう言われるとほっとする。


「ウーク、アッテンポーってだえ?」

「え、誰ってお前……ほら去年の夏、船で襲って来た奴らの親玉だろ」

「んー……あ、ボスがどっかんどっかんして穴を空けた?」

「そうそう」

『ん? そう言えばそんなこともあったか』


 ポリポリパリパリと野菜を食べるボスは、首を傾げながらそんなことを言った。

 ボスにとっては些細な出来事なんだろう。


 思えばあのころから進化の兆しがあったんだろうなぁ。


 昨夜書斎で調べた本。『これが伝説の魔獣だ! 決定版』には大地の幻獣についてこう書かれていた。




 他の同種より知能、パワー、体格に優れた個体は、稀に進化を遂げることがある。

 進化後は地・風・火・雷の四属性を操るようになり、モンスターとしての強さを示す階級は一気に上級ランクへと上がる。

 雄であれば大地、雌であれば風が得意であることは変わらず。それぞれ属性による支援、回復魔法も扱えるようになる。

 その羊毛は強度を自在に操れるようになり、対魔法防御もドラゴンに匹敵する。




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