第152話:帰路
マウロナのごたごたにまで首を突っ込むつもりはなく、そしてリシュタット公爵やイスル公も俺に関わらせたい訳でもなく。
五日後、公爵が用意してくれた船に乗って、俺たちは海へと出た。
「トロンスタ王国には六日前に手紙を出しているし、もう届いているだろう」
「なに書いたお?」
「ん、無事にボスを助け出せましたって。帰りがマウロナの船で送って貰えることになったから大丈夫だってこともな」
船の用意に五日掛ったが、その間にマウロナの首都を観光してゆっくり寛げた。
ただ何かしていないと落ち着かなく、首都にあったイスル公のお父上の別荘を修繕したり、議会の建物のガラスの張替えをしたりさせてもらった。
「議事会の建物とか、あんなの島にも欲しいよなぁ」
「錬成すうの?」
「んー……あれは錬成するのは無理」
箱に入りきらないサイズは錬成できないのだから。
けどまぁ、犬小屋ぐらいなら錬成できるサイズにはなってるよなぁ。
遠ざかる大陸を見つめ、ふと、寂しさを感じた。
どうせだったらもう少し遊んでいたかったな……。
なんていうか……せっかく自由に動き回れたのだし、冒険者の真似事でもしてみたかった。
どうせだったら魔導転送を使わず、徒歩で港町まで移動すればよかったなぁ。
『ンベェ』
「なんだよボス。角シープー語なんか使って」
船べりに顎を乗せ、陸地を眺めているとボスがやってきた。
『ベヘヘヘヘ。何を考えていた?』
「んー……ちょっと冒険したかったなぁーって」
『ダンジョンをか?』
「いやぁ、どこでもいいんだけどさ。俺、ローンバーグ家を出て行ったら、冒険者になろうと思っていたんだ」
『ベ?』
首を傾げるボスに、屋敷を出た時のいきさつを話した。
ボスには成人の儀も、奴隷船もよく分からないが、親が子を他人に売り飛ばして追い出した──という点は理解したようだ。
怒ってボスが蹄を鳴らすと、船が揺れる。
「おい、船が壊れるから止めろ。沈んだら誰も助けに来ないぞ」
『ンベッ。それは……困る』
「だろ? まぁローンバーグ家とのことはもう終わったんだから、いいんだよ」
あいつらに売り飛ばされたりしていなければ、今頃俺は冒険者をやっていたはずなんだ。
自由気ままな生活を、送っていたはず……。
でもそうすると……シアやボスには出会っていなかった。
ボリスは……無事に産まれていただろうか。あいつ、逆子だったしな。
ゴン太は?
クラ助とケン助は?
考えたって仕方ない。今のこの状況が全てなんだし、そして一番最善な現実なんだ。
「ウークは冒険がしたい?」
ひょいと、シアが顔を覗き込む。
「んー、そうだなぁ……。無人島に流れ着いて、島の開拓をしていたときとか楽しかったんだよなぁ。もちろん今だって楽しいけど……」
『だが自由がない』
わりと好き勝手に自由にやらせて貰っている気がするけど……。
でも、冒険の旅に出る──なんてことは出来ないんだろうなぁ。
船は波に乗るため陸から離れ、南に進んだあと進路を東に。
アンディスタンの沖を過ぎると、トロンスタ王国との国境からまっすぐ南の海上にトリスタン島がある。
そこまで一週間近くかかったが、これが徒歩だと一カ月は掛かっただろう。
「お、島が見えて来たぞ」
『えぇー、どこどこぉ』
『あ、おかーしゃんが迎えにきてくれたでしゅ』
ク美が来てくれたのか……はっ!
『おかえりなさーい』
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁーっ!」
ずももももももっと海が盛り上がり、ざっぱぁーんっとク美が姿を現した。
長い腕を伸ばし、二匹の息子と熱い抱擁を交わす。
クラ助とケン助は、海に出てからは休み時以外ずっと泳いでいる。船の速度にも負けない泳ぎは、随分頼もしくなった。
こいつらもいつか目の前のク美みたいに巨大に育つんだろうなぁ。
そんな巨大生物の親子の愛情劇場は、一般人には感動より恐怖を与えたようだ。
「あー、大丈夫です。島の周辺の海に暮らす、善良なクラーケンなので]
「ぜ、善良……襲って来ないのですね?」
「えぇ。ク美は海賊には厳しいですが、そうでない船はたぶん襲いませんよ」
「た、たぶんって言いました? 今たぶんって」
「気のせいです。島までもう少しなので、よろしくお願いします」
ク美が船を先導し、島の南側からぐるっと東に周って船着き場へと向かう。
その途中で──
『ルークさん。実は海底火山の影響で、島にあるものが出来たのです』
とク美が言う。
「そういや火山はあれから?」
『大丈夫です。ただ溢れ出た溶岩で、南の海上に小さな島が出来ました。本当に小さな島ですけれど』
「そうか。今度見に行ってみよう。それで、あるものっていうのは?」
ク美の話を聞いていると、船乗りの悲鳴がまた聞こえて来た。
船乗りたちが一斉に指さし、そこが島の南側の海岸だというのは一目瞭然。
いったい何をそんな……ん?
「なんだありゃ……」
「おふお?」
南の海岸の岩場から湯気が上っている。
その岩場には、まるで温泉露天風呂で寛ぐおっさんのような姿の、ゴン蔵がいた。
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