第175話:その頃、父と息子は
ルークとシアがディトランダ王国へと入り、最初のダンジョンに入った頃まで遡る。
『僕もダンジョンに入りたい!』
『んべっ!?』
ニンジン畑で本日分のおやつを収穫していたボスに、息子のボリスが真剣な眼差しでそう告げた。
『な、なな、な、なにを言うんだ! 父さんたち地上のモンスターは、ダンジョンに入れないんだぞっ』
『違うもん! 入れないんじゃなくって、入りたくないだけでしょっ。だって僕、ダンジョンの中で生まれたんだしっ』
その通り。
ボリスは生みの親であるハンナがダンジョンへと落ちた際、そこで産まれた仔だ。
ボリスは当時の事を母から聞いており、特に魔石ランタンの臭いを嗅いだ時特有の症状は出ていなかったと聞く。
試しに冒険者に頼んで、着火していない魔石を見せて貰ったが──
『臭くなかったし、気持ち悪くもなかったもん!』
『お、お前っ。そんな危険なことをやっていたのか!?』
『危険じゃないよ。火が点いていなければただの光る石なんだから』
『そ、そうだろうが……。何故急にダンジョンなぞに入りたいなんて』
ボリスは北の空を見上げて言う。
『ルークを助けたいんだ、僕』
その言葉を聞き、父は立派に育った息子に涙する。
ちなみにすぐ隣では、間違ってタマネギを収穫してしまった娘のキャロルが、同じように涙をだばだば流していた。
『キャロル、それ、捨ててきなさい』
『んっぺぇ~』
思いっきりタマネギに被りつき、新鮮な汁が飛び散らせたキャロルは、泣きながらそれをぽーんっと投げ捨てた。
それからダッシュで畑の脇にある、野菜を洗うための水場へと向かってがぶがぶ飲んだ。
『ボリス、ルークを助けたいというが……彼は島からずっと遠くにいるのだぞ?』
『知ってる! だから追いかけるのっ』
『いやいやいや、待ちなさい。追いかけるって、どこにいるのかも分からないだろう』
『どこにいるか知ってる人を知ってる!』
それが誰なのか、ボスには容易に想像がつく。
人間だ。そして冒険者だ。
冒険者であればダンジョンがどこにあるのかも、だいたいは分かるだろう。
分からずとも地図があれば行ける。
そしてこの島の冒険者のほとんどは、とても友好的な連中ばかりだ。
息子や娘を可愛がってくれるし、ゴン太やクラ助、ケン助にも分け隔てなく接してくれる。
逆にそうでない者や、
島民に友好的なモンスターは他にもモズラカイコたちがいるが、ちょっとでも傷つけようものなら島を守る騎士や島民から石を投げられる。
更にギルドマスターからぶん殴られ、強制的に島を追い出されるのだ。
そんなだから、自然ともふもふつるぬるごつごつ好き冒険者が集まるのだろう。
『ラッツたちが連れて行ってやってもいいって言ってるんだ!』
『よし、奴らを動けなくなるまでギタギタにしよう』
『お父さん!!』
『ダメだダメだ。ここはお人好しのお馬鹿な冒険者ばかりでいいが、他のダンジョンなんかにいけば、お前は獲物だと思われて人間から攻撃されかねないんだぞっ』
『ラッツたちが一緒だもん。それに僕、少しは強くなったから!』
少しどころではない。
まだ二歳にもならない角シープーは、本来なら弱小モンスターだ。
だが進化を遂げたボリスは、中級モンスターの中でも上位に近い強さを持つ。規格外なのだ。
『ラッツたちは強いんだよ』
『金の冒険者だ、そりゃあ強いだろう』
と言いつつ、内心では『お前もな』とボスは思った。
『ねぇ、ねぇ。行きたいよぉ』
『……ダメだ!』
『なんでだよっ。お父さんのケチ!』
『ケチとか、そんな問題じゃないだろうっ』
父仔が睨み合い、角を打ち鳴らす。
そこへてくてくとやって来たのは、ボリスの母ハンナだ。
『んぺぇー(あなた。仔はいつか父親を超えるもの。この子が行きたいと言っているのだから、行かせてあげてはどうなの?)』
*以下面倒なため翻訳状態でお届けいたします。
『俺を超えるにはまだまだ幼すぎるだろう』
『あら? 幼いと言うのを理由に、超えられるのを恐れているのではないの? だってこの子が先に進化したんだものね』
『そうだそうだー。僕がお父さんより先に強くなったのが、悔しいんだろう』
『ンベェーッ。そんなことないっ。そんなことないもん!』
図星だ。完全に図星だった。
顔を真っ赤にしたボスは更に何か言おうとしたが、その前に他の妻たちがやって来てボリスの味方についてしまった。
タマネギの余韻の残る目にはうっすら涙が浮かび、ボスが自棄になってこう言った。
『だったらダンジョン七階層まで下りて、そこにある転移魔法陣に乗って戻って来て見ろ! そうしたら認めてやろうっ』
──と。
じゃあ行ってくるとボリスがダンジョンへと入って行った。
ボスは心配でたまらない。
一応案内役としてラッツら金級パーティーが同行しているが、それでも心配だ。
ボリスが最初にダンジョンへと入った時、叫びながら突進していって、叫びながら即Uターンしてきたものだ。
びくびく震えながら再び中へと入ると、それっきり戻ってこない。
父はダンジョンの入口で待った。
下の階にある転送魔法陣に乗れば、彼の視界に移る先に出てくるはずだ。
待って、待って、待ち続けて三日後。
『お父さんただいま!!』
息子は元気な姿で戻って来た。
そして息を切らせたラッツたち冒険者もその後ろから現れた。
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突然思いついたネタなので、時系列がちょっと戻ってしまっています。
そういうこともあるさー!
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