第2話

 錬金術のことを知ってからも、俺は学ぶことを止めなかった。

 その知識が『錬金BOX』に役立つかもと思って。 


 とはいえ、四歳を過ぎると働かされるようになって、勉強時間はずいぶんと減ってしまった。

 最初は嫌だったさ。

 貴族に転生した俺がなんでって、そう思った。


 でもなぁ。

 前世では生まれてすぐに親に捨てられたし、施設でも役割分担があって、何かしらの仕事をしていたもんだ。

 それとそう変わらない。


 そう思ってからは、なんか気持ちが楽になった気がする。


 優しかった乳母が亡くなって一年。

 七歳になった俺は、今日も本を読みながらある声を待った。

 待ちたくもない声だけど、必ず掛かる。


 さて、そろそろかな。


「ルークエインッ。エイーンッ! 呼ばれたら10秒以内にいらっしゃいと言ってるざましょっ!」


 ほらきた。

 俺が暮らす使用人用の住居は屋敷から少し離れた所にあるが、そこにいても義母の声は届く。

 それだけの音量があるということ。


 本を机の上に置いて、義母・・の待つ屋敷へと向かう。

 ただし屋敷には入らず、窓の下から声を掛けた。。


「……お呼びですか奥様」


 屋敷に入ることも許されない俺は、この女に呼ばれては窓の外で要件を聞くのが日常になっていた。


「用があるから呼んだざましょっ。まったく、お前はほんとグズでノロマざます。母親に似たんざましょ」

「……ちっ」

「なにか言ったざますか!」

「いえ何も。ご用件はなんですか?」


 この義母は正妻で、俺の母が妾という関係だ。しかも義母は公爵家の元令嬢で、母は子爵家元令嬢。

 親の爵位的にも義母のほうが上というのもあって、俺への風当たりが強い。


「エンディンちゃんのために、裏のハウスから飛び切り美味しい果物を今すぐ取って来るざますっ」


 エンディンちゃん。一カ月遅く生まれた腹違いの弟なんだが、俺の方が出生届の提出が二カ月遅かったので何故か奴が兄ということになっている。


「ママーン。僕ちゃんもうお腹ぺこぺこじゃーん」

「まぁ~、エンディンちゃん。もうちょっと待っててくだちゃいね~。さっさと行くざますっ」


 正直、この親子は視界に入れておきたくない。

 一部の使用人は義母を『白オーク』、エンディンを『子オーク』と呼んでいる程。

 まぁそういう容姿だってことだ。


 無言で踵を返し、さっさと屋敷の裏手へと向かった。


「ロクー。本日四度目のフルーツタイムだぁ」


 昼食が終わってまだ二時間。三時のおやつにもまだ早いけれど、あの親子にとって起きている時間はいつでもおやつタイムなのだ。

 

 屋敷の裏には、オーク親子専用の大きなガラスハウスがある。ハウスの中は古今東西の果物の木が栽培されていた。

 ハウス内の木の世話をしているロクに声を掛け中へと入る。

 ロクがすぐにやって来て「そろそろだと思いましたよ」と一言笑う。


「さて、今度は何にしましょうかね」

「なんでもいいよ。どうせ俺の『錬金BOX』で、完熟状態にするんだからさ」


 意識して『錬金BOX』と言えば、掌に白いダンボール箱が現れる。


「じゃあ今日はまだ出していない、マーンゴにでもしますか」

「それだけだと怒り狂うね」


 この世界の野菜や果物は、日本で耳にしていたソレらとよく似た名前をしている。おかげで覚えやすかった。

 ロクがマーンゴをはじめ、いろんな果物を用意する。集められたのは熟すにはまだまだ早いものばかりで、それは収穫というより間引く方が近い。

 俺はその果物を、『錬金BOX』へと入れて錬成・・した。完熟になるようにと念じて。

 すると箱が光る。で、完成だ。


 錬金と名がつくだけあって、箱の中の素材を合成したり分解したり形成したり。そして箱の中身の時間を進めることすら出来た。ただし戻すことは出来ない。

 錬金術とは全く違う、前世の俺にとって馴染みのある錬金術がこの『錬金BOX』だった。

 魔法みたいにドーンってバーンっと、アイテムを合成。それが出来ちゃうんだ。

 まだキメラやホムンクルスには手を出していないけど。


 箱から取り出したマーンゴをロクに見せる。


「どう?」

「相変わらず坊ちゃまの錬成する果物は、いい感じに熟れておりますなぁ。この力を、何故旦那様にお教えしないので?」

「んー。教えたら今以上にこき使われることになるんじゃないかなぁ。そんなの、絶対嫌だもんね」

「しかし旦那様をはじめ、わし以外はみな坊ちゃまの『才能』は錬金術だと勘違いしたまま。無能だなんだと罵られる坊ちゃまが、不憫でならんのです」


 ロクは優しいな。

 乳母が亡くなってからは、ロクだけが俺の味方だ。


「いいよ別に。あと八年我慢すれば、十五歳の成人の儀があるだろ。その時にどんな『ギフト』を授かっても、この屋敷を出ていくつもりだし」

「その時にはわしもここを去っております。隣国のトロンスタ王国に娘が嫁いでおりまして。一緒に暮らそうと、娘婿殿が言ってくれているんですよ」

「おぉ、よかったじゃないかロク」

「えぇ。ですから坊ちゃん。行く当てがなければ、是非お越しくだせぇ。坊ちゃんの『才能』を使って、果樹園で一攫千金でもしませんか?」


 果樹園で一攫千金……。

 そりゃあ王侯貴族が好む高級果物を大量生産できれば、かなり儲けられるとは聞いているけど。

 でもどうせ一攫千金するなら──


「この家を出たら、俺は冒険者になりたいんだ」


 異世界に転生したんだから、やっぱりテンプレはこっちだろう。


「ロクありがとう。そろそろ戻らないと、腹ペコオークが暴れる頃だ」

「ははは。行ってらっしゃい」


 で、さっきの窓の下に戻って来ると、オーク親子がずしんずしんと地響きを立てていた。

 


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書籍発売に合わせて新作の投稿もはじめました><

https://kakuyomu.jp/works/16816452220563275175

勇者パーティーの最強バッファー。反転の呪いを受けてデバッファーになったので辺境でスローライフを送る?


転生転移ではなく、異世界現地主人公物です。

こちらもぜひぜひよろしくお願いします(`・ω・´)ゞ

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