第3話

「坊ちゃん。西地区の畑の苗に、変な病気が出てまして」

「変な? その病気になった苗って?」

「あります。これなんですけどね」


 オーク親子が昼寝の時間になると、俺の休憩時間だ。

 だが実は忙しい。


 ローンバーグ家は果物の栽培が盛んな領地だけど、ここ十数年は不作続きだという。

 だけど屋敷の敷地内にあるロクが世話する果樹園ハウスは豊作だ。

 ノウハウを教えるため、ロクが領内の果樹園に出張させられることがしばしばあった。


 で、出張の度にロクが俺に相談する。


「じゃあ箱の素材鑑定で調べてみよう」


『錬金BOX』を取り出して箱の中に苗を入れる。

 箱のサイズは『錬金BOX』のレベル依存。最初は一辺が5センチの正方形だったが、レベルが上がると5センチずつ増えることが判明。

 レベルが上がっていくと、そのうち巨大な箱になるんじゃないかと心配したが、ある意味ではそうなっている。

 だけどレベルの最大サイズから、初期の5センチサイズまで自由に変更させることも出来る。


「いやぁ、しかし本当に便利ですねぇ。箱の中に入れた素材の情報、状態を教えてくれるんですから」

「でも初めての時はビックリしたんだよ。勝手に誰かが頭の中で喋ってるんだからさ」


 こんな風に──


【イジゴの苗。白点病に罹っている。治すにはグニの草の絞り汁と水を1対1で薄めてふり掛けるべし】


 と、電子音声が聞こえる。


「ロク。グニの葉の絞り汁と水を、1対1で薄めてふり掛けるように伝えて」

「分かりました坊ちゃん。さっそく行ってまいりましょう」


 ロクが世話をする果物の木も、同じようにやってきた。

 病気だけじゃなく、土を鑑定すればどんな肥料が必要かも教えてくれる。

 ただ肥料の作り方、土への混ぜ方なんかはまったく分からない。

 だからロクと二人で、この果樹園ハウスを世話してきたようなものだ。


 それもあと三カ月かぁ。


「そういえば坊ちゃん。今月は坊ちゃんの誕生日月でしたよね」

「うん。今月・・本当・・の誕生日月さ」


 九の月──実りの秋が始まるこの月の後半に俺は生まれた。

 まぁ王国に提出された出生届には、11の月の末に出されているけれど。


「もう十歳でしたっけ?」

「そう。あと五年でこの家ともオサラバだ」

「でももし良い『ギフト』を授かれれば、旦那様も考え直すのでは? 坊ちゃまを跡継ぎにと」


 この家を継ぐ気なんてまったくない。 

 

 もし仮に良い『ギフト』を授かったとして。

 仮に侯爵の気が変わったとして。


 義母がそれを許さないだろう。

 侯爵はその女に頭が上がらないんだ。気が変わってもすぐまた気が変わるはずさ。


「むしろ良い『ギフト』だったら、エンディンの下で一生コキ使われて生きることになるだろう。だからすぐに逃げ出すつもりだ」

「確かに……そうなるでしょうなぁ。はぁ、ルークエイン坊ちゃまがかわいそうでなりません」

「ありがとうロク。ロクともあと三カ月かぁ。年が明けたら娘さんの所に行くんだっけ?」

「えぇ、えぇ。できれば坊ちゃまもお連れしとうございます」


 今すぐにでもこの家を出たい。

 そう思うのはやまやまだけど、『ギフト』の鑑定には大金が掛かる。

 だからこの世界の人々の大半は、自分の『ギフト』を知らずに生きているんだ。


『才能』や『ギフト』は授かった時にはレベルがない。だからステータスを見ても、そこに表示されない仕組みだ。


 そう。

 この世界にはステータスがある!!


「『ギフト』の鑑定をして貰うために、侯爵には大金を叩いて貰わなきゃね」

「坊ちゃま。もうそれが一つの復讐になっておりませんか?」


 は、はは。

 お金を出して貰うのが復讐かぁ。

 ちっさい復讐だなぁ。






 十五歳になった。

 だけど本当の誕生日月である九の月には成人の儀を受けられず。

 十の月にはエンディンが一足先に成人の儀を済ませた。


 教会から戻って来た侯爵の顔は明るく、白豚オークは不満そうに、そしてエンディンは──


「どうして僕ちゃんが『農耕の才』なのじゃん! 僕のこの美しい肌で、土を触れっていうのかも!?」


 へぇ、『農耕の才』か。

 農民の皆さんが喉から手が出るほど欲しがる『ギフト』じゃないか。


 その『ギフト』を持つ者が手で畑を耕すと、その年は必ず豊作になるという効果がある。

 果樹園の収益を増やしたい侯爵としては、万々歳な『ギフト』なんだろう。

 ただ(オークのくせに)見た目や派手さを気にする義母とエンディンにとっては、ちょっとした屈辱的な『ギフト』だったようだ。

 なんせ貴族が農民の真似をしなきゃならないのだからな。


「おいっルークエイン! 今すぐ僕ちゃんのために、フルーツ山盛りパフェを持ってこい!」

「……じゃあ厨房に果物を持って行きますね」

「今すぐにだぞっ」


 今から果物を取りに行くのに、出来る訳ないだろ。


 ロクがここでの仕事を満期で辞めてから、新任が来るのかと思いきや。

 俺ひとりで果樹園ハウスの世話をやらされている。

 ロクが残したハウスだから、ここにいる間はしっかり世話をしよう。

 そう思って五年。


 来月、遂にその時は終わる。



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