第220話:ネバーエンディン物語
ディトランダ公国の、とある貧しい農村にて──
「エンディンさま、昼食の用意が出来ました」
そう言って少女が畑へとやって来た。
畑でせっせと鍬を振るのは、罪人となったエンディンその人だ。
「ふんっ。どうせ堅いパン一個だけじゃん。僕ちゃんに死ねって言ってるようなものじゃん!」
「す、すみません。で、でも今日のは焼き立てなんですよ! さっき、王都のほうから配給の小麦が届いたので、さっそくエンディン様のために焼いたんです」
「ふんっ。どうせたいして美味しくもないパンじゃん」
なら食べなきゃいいだろ──とは誰も言わない──なんてこともなく。
「だったら食うな。そもそも罪人の癖に、偉そうにしやがって」
「まったくだ。未だに自分が貴族だと思っているのかね、このブタは」
以前はオークと呼ばれていたが、今はブタである。随分と昇格したものだ。
愚痴をこぼすのはエンディンの見張り役の兵士で、彼らの手にも鍬が握られていた。
エンディンが適当に耕すので、その後、ちゃんと耕し直さなければ苗植えもできないからだ。
「みなさんも召し上がってください。冷たいお水も持ってきましたので」
「ありがとうな、ミヤちゃん」
「君は本当にいい子だねぇ。こんなブタにも優しい声をかけてやっているんだから」
「べ、別に私は……エンディンさまはこの村のために、神様から授かったお力を使ってくださっているのです。か、感謝しているんです、私」
この純粋無垢な少女の爪の垢を煎じて飲ませれば、少しはエンディンもまともになるのだろうか?
「ふんっ。こんなパンひとつで僕ちゃんのお腹は満たされないじゃん!」
そう叫びながらも、エンディンはミヤちゃんが運んで来たパンを鷲掴みした。
この村に連れて来てまだ一週間だが、その前にも別の村で鍬を振っている。
その村でも、そしてここでも、エンディンは硬いパンを食べさせられてきた。
少しでも日持ちさせるために、カッチカチにしたパンなのだ。
それを水に浸し、少しずつ水分を吸わせて食べる。
パンにも味はほとんどなく、ただ空腹をしのぐためだけに食べているものだった。
みんなが同じものを食べ、文句を言っているのはエンディンただひとり。
どうせ今日のパンだって堅いんだろ。
そう、思っていた。
「柔らかい……じゃん……」
「はい。エンディン様が柔らかいパンを希望されていたので、お父さんに無理いって柔らかいパンを焼いたんです。お、お気に召していただけましたか?」
「僕ちゃんが……柔らかいのが食べたいといったから、お前はこれを焼いたんじゃん?」
「は、はい……。あ、でも明日からは……また……いつものパンになります。ごめんなさい」
(なんで謝るじゃん? 堅いパンなのは小麦がないから仕方ないって、お前言ってたじゃん。小麦がないのはお前のせいじゃないのに、なんで? なんで?)
エンディンに知る由もない。
これが優しさなのだ。人を思いやるということなのだ。
「さ、召し上がってください。今日は特別に、バターも入れたんですよ!」
「バ、バターも!?」
堅いパンにはバターは入っていない。入ってないから堅いわけではなく、バターも貴重なため入れないだけだ。
荒野の村ではたくさんの山羊は飼えない。餌となる草が極端に少ないからだ。
この村でも山羊は番の二頭だけ。ミルクはとても貴重で、一日に一軒ずつ、順番に配られる。
エンディンはそれを知っていた。
ミヤちゃんが教えてくれたからだ。
バターの入ったパン。
エンディンは以前、それを当たり前のように食していた。むしろこれでもかというぐらい、パンケーキの上に乗せ、さらにハチミツをたっぷり覆いかぶせて食べていた。
アンディスタンで農耕の才を使わされていた頃も、食べていたのは普通のパンだ。
このディトランダでは、その普通さえない。
エンディンは握ったパンを見つめる。
土がついたままの手で掴んだため、パンにも土がついてしあっていた。
「あ、取り替えますね。その前にお手をお拭きになられないと」
「え? あ……」
ミヤちゃんはそう言って手拭いを水に濡らし、エンディンの手を拭いてやる。
土のついたパンと、真新しいパンをミヤちゃんが取り替えようとしたときだ。
「こ、これは僕ちゃんのじゃん!」
そう言ってエンディンはパンを頬張った。
じゃり──と口の中で音がする。
だが柔らかい。
ここ半月ほどずっと食べ続けてきた堅いパンとはまったく違う。
味もする。ほんのりだが、以前食していたパンの味がする。
「エ、エンディン様!? ど、どうなさったのですかっ」
「うげっ。ブタが……」
見張りの兵士はドン引きし、ミヤちゃんは心配そうにエンディンの顔を覗き込む。
「お、美味しくなかったですか? あ、新しいの、焼いてきますよ?」
おろおろとする彼女に、エンディンは首を振った。
「お、美味しい……美味しいじゃん」
「本当ですか!? でも、どうしてエンディン様は泣いていらっしゃるのです?」
「泣く? 僕ちゃん、泣いてなんか──」
泣いていない。そう言おうとしてエンディンはようやく自身が涙を流していることに気づいた。
その涙をミヤちゃんが拭ってくれる。
「泣かないで、エンディン様。きっとお疲れなのね。毎日私たちのために、土を耕してくださっているし」
トゥンク。
エンディンの胸で何かの音が鳴る。
これはいったいなんだろうと、エンディンが太い首を傾げる。
「兵隊さん、今日は御休みさせてあげてください」
ミヤちゃんの声が聞こえるたび、胸の奥でトゥンクトゥンクと音がした。
「いや、それは……なぁ?」
「お、おう。優しいミヤちゃんの頼みでもなぁ、こればっかりは国からの命令なんで」
第一、朝から愚痴ばかりで10メートルすら耕されていないのだ。
これではエンディンが生きている間に、この村周辺の緑地化も不可能だ。
「でもエンディン様がおかわいそうです」
懇願するミヤちゃんの肩に、ぽむっとむちむちな手が置かれた。
「僕ちゃ──俺ちゃんは別に疲れていないじゃん。ちょっと目にゴミが入っただけ。さぁ、作業を再開するじゃん! 今日中に畑を作ってみせるじゃん!!」
突然。
そう、突然エンディンが覚醒した。覚醒と言うべきかどうか分からないが、とりあえずそんな感じだ。
「ミヤちゃん、見ていて。君のためにこの村を、緑豊かな大地にしてみせるよ!!」
「エ、エンディン様!?」
「うおおぉぉぉぉぉ、俺ちゃんはやるじゃああん!!」
それまでにないほど、エンディンは張り切った。
胸の奥でざわつくトゥンク音に合わせるかのように鍬を振り、土を耕していく。
「ミヤちゃん! 苗植え手伝って!!」
「は、はい!」
エンディンは土を耕しながら畝もしっかり作っていった。
その畝にミヤちゃんが苗を植えていく。
そしてなんと……植えた傍から苗が成長するではないか!
「水! 水が必要だ!!」
「で、でも村の井戸水は少なくて……」
「めいっぱい掘って行けば、地下水ぐらい湧き出るはずじゃん! 俺ちゃんがこの鍬で、地下水を掘ってみせるじゃん!」
「エンディン様!? あぁ、貴方はこの村の救世主様です」
何かに目覚めたエンディンは、こうして村周辺の土を耕し、脅威の鍬さばきで地下水源まで掘り当て──
その後、どうなったのかはまた別の機会でお話いたしましょう。
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本日、書籍版『錬金BOX』の発売日です!
発売日になんでこの話が更新されてしまったのか・・・
更新タイミング失敗したぜorz
web版ではわずか5万文字程度の28話までを一冊にしております。
書籍はだいたい10~12万文字ぐらいですので、半分以上書き下ろしです。
大筋は一緒。webでは書けなかったエピソードをたくさん追加した感じです。
つまりボリューム満点!
書店でお見掛けの際は是非ぜひ、お手に取って表紙を見てご堪能していただけると嬉しいです。
買ってとは言えません! だって1400円だもん><
でも見て!
あ、
エンディン君はまた出てくるかもしれないし、出てこないかもしれません。
作者の気分次第です。
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