第19話

 

 日中でも肌寒くなってきた頃。

 羊毛のおかげでセーターを錬成でき、外での農作業なんかも苦にならない。

 またあいつらにお世話になるだろうから、新しくガラスハウスを増築して人参専用にした。

 

 ここに来て充実した毎日を送れている気がする。


 ローンバーグ家にいた頃は、働けば働くほどオーク親子の脂肪になるだけ。

 それが今はどうだ

 頑張れば頑張るほど、俺の脂肪に──いやこの表現は変だな。

 とにかく自分の為にやれているんだ。充実しているって言えるだろ。


「ルークエイン。ルー・ク・エ・イ・ン」

「アゥーウ……アウー」

「……ルーク」

「ウー……ウーク」

「お、『く』が出たな。そうだ。ルークだ」

「ウーク!」


 ちょっと違う。

 シアも日々成長している。

 最初はスプーンやフォークを使えず手掴みだったが、ここ数日でフォークを使えるようになった。肉をブスーっと刺して食べるのがお気に入りだ。

 言葉も僅かだが、発音できるようになってきている。

 それに肉体的な成長もだ。

 痩せ細っていた体も、ずいぶん肉付きがよくなった。


 発音の練習をさせていると、急に窓の外が光った。


「うぉ、雷か?」

「うあぁぁっ、あいないぃっ!」


 自分の耳を押えるシアだったが、音は聞こえてこない。

 安心してそぉーっと手を離す。そこですかさず俺が、


「か・み・な・り」


 と正しい発音を教えた。


「あ、あ・い・な・り」



 窓の外は真っ暗だが、遠くで稲光が走るのが見えた。音はまだこっちまで届かないようだ。

 今夜は荒れそうだな。


「よし、発音の練習はここまでにして、寝るか。明日はもしかすると畑仕事は出来ないかもなぁ」

「うぅぅぅ……」


 窓の外を見つめるシアの耳と尻尾が垂れ下がっていた。雷が苦手みたいだな。


「雨漏り対策に桶を用意しておくかな。あとはベッドの上だけでも、しっかり雨漏りを防ぎたい」

「うぅー」

「シアは先に寝てろ。俺は食堂の方に行って、椅子とかテーブルの木材を錬成するから」


 大きな一枚板をベッドの天井に貼り合わせるための素材を取りに行く。

 食堂の床に落ちている元椅子や元テーブルたちを拾い集め、入るだけ『錬金BOX』に詰め込んだ。


 それを持って部屋に戻る途中、また雷が光った。

 雷光が窓から差し込むと同時に、何か得体のしれない巨大な影も映りこむ。

 な、なんだ!?


『ンベェェェッ』

「え、ボス!シープー?」


 町は嫌いだったんじゃなかったのか?

 驚きつつ勝手口の扉を開くと、やはりそこにはボスシープーの姿が。


「イープー?」

「そうだ、シープーだ。どうしたんだお前。町に来るのは嫌だったんじゃないのか?」

『ンベェッ、イベェェー』

「シア、なんて言ってるか分かるか?」


 シアは頷き、たどたどしい発音で必死に話す。


「なあまぁ……あな……お……おいた」

「あなってのは、落とし穴とか、穴倉とか、そういう意味の穴か?」

「あいっ」


 穴ってことは、最後のは落ちただろうな。じゃあ最初のなあまって……な……仲間?


「仲間が穴に落ちたのか?」

『ンベェー』

「あいへんっ。あいへんウーク!」

「ど、どこで落ちたんだ?」

『ベェ』


 案内しようとしてる。外はもう雨が降り始めているし……。


「シア。お前はここで待ってろ。俺が行って助け出してくるから」

「いあ!」


 いい返事じゃないな。


「外は雨だ。危ないか──「嫌っ!」おっと、良い発音だな……分かったよ。じゃあロープを持って来てくれ」

「あい!」


 念のため剣を腰に吊るして持って行く。

 余っているシーツを袋に詰め、シアが持って来たロープを肩にかけて出発する。明かりはシアに持って貰って、道案内はシープーだ。

 山の方に向かい、ダンジョンへの案内板から少し下を右に曲がった。

 その先で、暗闇にぼぉっと浮かぶ白い物体が見える。他の仲間のシープーだろう。

 彼女らはしきりに下に向かって鳴いていた。


「ここか。思ったより小さな穴だな」

『ンベェーッ』


 ボスシープーも落ちた嫁さんが心配なようだ。

 穴の底は暗く、結構深さがありそうだ。


「俺とシアがロープを伝って下りるから、ボスはロープの端を咥えててくれるか?」

『ンベッ』

「よし」


 まずは俺から降りていく。

 ロープの長さは5メートルぐらいだが……先まで下りても地面に足は点かなかった。

 ただランタンの明かりが届く範囲に地面は見える。そして白い塊も。


 雌シープーの上に着地しないよう、ロープを振って飛び降りた。


「シア、最後は2メートルぐらい飛び降りることになるぞ。真下にシープーがいるから気を付けろ」

「あいっ」


 上からそんな声がして、シアがするすると下りてくる。そして難なく着地。

 うん、身体能力は俺より遥かに上だな。


「おーい。ロープを落としてくれー。長さが足りないから、ロープで引き上げるのは無理だ。歩いて出口を探す」


 するとシュルルっとロープが落ちてきた。


『ンベェー。ベェベェー』

「アンジョン、でうちで、あうって」


 ダンジョンの出口で会う?

 まぁそんな感じの言葉だったんだろう。


 さて、見つけたはいいが、生きているのかどうか。


「大丈夫か?」


 声を掛けると、雌シープーがゆっくり首をもたげる。


「生きてる! よぉし、よく頑張ったな。立てるか?」


 尋ねても首を振る。

 シアが話しかけて一言二言言葉を交わして翻訳してくれた。


「いあい」

「痛いか?」

「あいっ。いあい、あし。おなあ、あーちゃん」


 あーちゃん?

 それからシアは自分のお腹が『膨らんでいる』ようなジェスチャーをした。


 おなあ=お腹

 あーちゃん=……


「あかちゃんんんんんっ!?」

「あい!」



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