第54話:助産師
「すっすっはー、だ!」
「すっすっはー」
「すっすっはーですの」
「……いや、シアとエアリス姫は普通に呼吸していいから」
トロンスタ王家の夏の別荘に来て二カ月。
角シープーたちは馬小屋を借りて寝泊まりしていた。
その馬小屋で今、シーナの出産が始まっている。
『ンベェー。ベェベェ』
『ン、ン、ベェ』
去年出産したハンナは、先輩ママとしてシーナを元気づけているようだ。
「そういえばボスの子はこれで二頭目なんだよな?」
『ベ? ンベ』
「違うって。ボスぅはずっと前にも子供、たくさんいたぁって」
ずっと前にも……なんだか聞くのが恐ろしいシチュエーションだな。
『角シープーはある一定周期で出産子育てを行う。子が育ちひとり立ち出来るようになると、群れを追い出すのだ』
「一定周期?」
『ベ。ベエェー』
「二十年ぐらいだってぇ。子供は島のどっかにいるけど、会うと甘やかすからダメなんだってぇ」
「長いんだな」
『ンペェー』
でもちょっとだけホっとした。
冒険者に殺されていなくなったとか、そういうオチではなさそうで。
「もうっ、皆様静かに! シーナさんが今頑張ってますのよっ。あとルーク様、ゴン蔵様。殿方はお出になってください!」
「え、でも……」
『我は入っておらぬ。窓から覗いているだけだ』
『ンペェェ~』
「覗くのもダメです! さっ、出ていってくださいましっ」
と、追い出されて窓も締められてしまった。
ボスはどうなんだよ!
あ、父親だからいい。そうですか。
納得していないのはボリスだ。
弟か妹が生まれるのに追い出されたんだ、そりゃあ寂しいよなぁ。
『ンペペペェ~』
追い出された俺とゴン蔵、ボリスは、暫くぼーっと空を見つめた。
『ルークエインが暮らしていた島とは、どんな所だ?』
「んー……ダンジョンがある。昔はそのダンジョンで栄えた町があったらしいんだが、どういう訳か核が破壊されて、それで旨味が無くなった島は寂れてしまったんだよ」
だけど核は俺が復活させたので、また冒険者が戻ってくるだろうな。
『冒険者か……くっくっく。我が力のある者かどうか、選定してやろうではないか』
「おいおい、島に上陸するために、ドラゴンの試練をクリアしなきゃならないのかよ。誰も島に上陸できないから止めてくれ」
『くっくっく』
『くっくっくぅ』
とことことゴン太がやって来て、父親の真似をする。
『父ちゃん生まれたー?』
『いいや、まだだ。雄は入るなと追い出されたのだよ』
『えー、なんでぇ?』
『さぁ、何故であろうな。ん、ルークエインよ。客が来たようだぞ』
客?
『あ、そうそう。ルーク兄たん、エリオル王子来たよー』
「王子が?」
何かあったのだろうか。
もしかしてアンディスタンから連絡でも来たのだろうか?
「ルークエイン!」
声のする方へ振り向くと、王子が全力疾走してくる!?
な、何かあったのかっ。何か緊急事態でも。
「生まれたか!?」
「そっちかーっい!」
まったく姫といい、王子といい。
シープーの出産に立ち会うって、どんな王家だよ。
エアリス姫なんて俺がここに来た時からずっと一緒にいるし、いいのかなぁ。
俺と一緒に行くと言い出した時の王様の顔……めちゃくちゃ寂しそうだったぞ。
「どうして小屋の外に?」
「はぁ。エアリス姫に追い出されました。殿方は出て行けと」
『我はそもそも小屋に入ってもいないのだぞ。窓から覗いていただけだというのに』
「ゴン蔵殿まで……妹の失礼をお詫びします」
王子がぺこりと頭を下げた時、
『メェ』
とか細い声が小屋の方からした。
『ンペェッ!』
「どっちだ? 弟か、妹か?」
『ンペェンペェェ~』
ボリスがぴょんこぴょんこと跳ね、馬小屋の戸をカリカリした。
『ンベェ』
『ペッ。ペペェ』
『ンベェ』
『ンン~ペェ~』
親子の会話なんだろうが、ちんぷんかんぷんだ。
『おぉ、雌のようだぞ』
「ゴン蔵はシープーの言葉が分かるのか?」
『同じ魔獣であれば異なる種族の言葉でも分かる。シアがそうであるようにな』
「ふーん」
……ん?
シアがそうであるように?
……。
「ああぁぁっ!? ドタバタしていてすっかり忘れていた。シ、シアっ! お前はいった──」
「あーちゃんだよぉ」
小さな、それでも中型犬ほどの大きさもある子シープーを抱えてシアが出てきた。
満面の笑みを浮かべ、俺に子シープーを差し出す。
「ウーク、名前つけて」
「俺がかよ……女の子なんだよな」
「うん」
そうだなぁ。人参の「じ」を取って、「ジーナでどうだ?」
母親のシーナの「ナ」も入ってるし。
「いいね!」
笑みを浮かべたシアがGJと親指を立てる。
「ジーナか。良い名前だ。ルークエイン、わ、私にもその子を抱かせてくれないだろうか?」
「え、いいですけど」
目元が思いっきり緩んでますよ王子。
いつも後ろに控えているロイスとアベンジャスもゆるゆるの顔でジーナを見ていた。
その光景から視線を逸らし、横に立つシアを見つめる。
「シア……お前は獣人なのか? それとも──」
振り向いたシアはきょとんとした顔を向け、それから不安そうな顔になった。
「シ、シアはねぇ……シアは……銀狼なんだぉ」
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