第55話:銀狼
「シアはね、銀狼なの」
「ぎん……ろう?」
銀狼のことは知らない。いろんな本を読んできたが、その名は初めて耳にした。
ただ前世の知識を参考にすれば、なんとなく想像は付く。
生まれたてのジーナにデレデレな王子と付き人二人。
ゴン太もおっかなビックリ、か細いジーナの匂いを嗅ごうと鼻を近づけては引っ込め、また近づく。
そんな光景を見て口元が緩んだが、直ぐにシアと向き直って──二人で馬小屋から離れた。
歩きながらシアが話す。
「あのね、シアはね、ずーっと西の大陸から連れて来られたの」
「西? フォートレスト大陸からか?」
頷くシア。
「西の大陸でねぇ、歩いていたら人間いっぱいに追いかけられている獣人さんいたの」
「獣人狩りか。え、じゃあお前、巻き込まれて捕まったのか?」
「うぐうぅぅ」
耳と尻尾が項垂れ、顔は真っ赤だ。
しかし歩いてたって……散歩してたら捕まったのか?
「歩いてたら獣人狩りに巻き込まれたって、お前の家が近かったのか?」
シアは首をぷるぷると横に振る。
「違うのー。シアはね、大人になうための試練の旅をしてたお」
「試練の?」
「うん。シアたち銀狼フェンリル族はね、群れを作あないの」
……銀狼フェンリル族……。
なんかめちゃくちゃレアっぽいのきたぞ。
「群れをって……家族とかとも一緒に暮らさない?」
「うん。15歳になったら親離れするお」
「そうかぁ。15歳っていうと人間では成人扱いだも──え?」
……いや、待て。
15歳?
確かに今のシアなら、15歳でも通じる。ある一点だけ成長著しいが、身長や顔立ちは15歳ぐらいだ。
でもそれは
「シアさん、ちょっといいですか?」
「あい?」
「君は今、何歳ですかね?」
「今? んー、んー……あ、シア16歳!」
「嘘だぁーっ!」
「嘘じゃなーもんっ」
と、年上……だと?
「いやいや、だってお前、前は小さかったじゃないか」
「ぐうぅぅ。シア、大事なものなかったから、大事なもの出来たら大きくなうんだもん」
「大事なものが出来たら成長する? うーん、わっかんないなぁ」
『そういうものだと理解することだ』
「ゴン蔵!?」
馬小屋を跨いだゴン蔵が首をもたげ、俺たちに顔を寄せる。
『我や角シープーは魔獣であるが、銀狼は精霊と魔獣の中間的存在。だが実体がある分、魔獣寄りだ』
「ゴン蔵は最初から気づいていたのか?」
『ルークエインらがダンジョンから戻って来た時だな。もう一つの姿が解放されたことで、銀狼フェンリルの匂いがするようになったのだろう』
「えへへぇ」
モンスターのようでモンスターではない種族。
果たしてシアはどっちの姿が本当のものなのか……。
俺の疑問を察してかゴン蔵が、
『人の姿も獣の姿も、銀狼族にとってどちらが本物で、どちらが変身後かなどはない』
と言う。
人化も獣化も、どちらも本当の姿なのだと。
ま、そうだよな。
「シアはシアだもんな」
「んにゅ? シアはシアだお?」
「あぁ、シアはシアだ」
頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細めて「もっとやれ」とばかりにすり寄って来る。
「なかなか戻っていらっしゃらないから探してみれば……ずるいですわよシア!」
「エアイス見つかった!?」
後ろから声がして振り向くと、腰に手を当て仁王立ちしたエアリスがいた。
ずるいって……なにがだよ。
ぷくぅーっと頬を膨らませたエアリス姫が駆けてきて、俺とシアの間に割って入る。
それから、
「あなたはそっち。わたくしはこっち。いいですわねっ」
と、俺の右腕に自分のを絡ませた。
「シアこっち。エアリスそっち」
シアが俺の左腕に絡みつく。
「半分こですわ」
「はんぶんこ」
いや待て。俺を半分にぶった切ったりしないでくれよな!
「ルークエインに大事な話があるから探して来てくれと頼んだのに、何故テラスでのんびりティータイムなんてやっているんだい、エリー」
「はっ!? ご、ごめんなさいお兄様。すっかり忘れておりました」
え、そうだったのか!?
エアリス姫がお昼のティータイムにしようと言うので、いつものテラスに来たらもう準備も整っていて。
で、クッキーを頬張っていたら王子がやって来てこれだ。
姫が俺をじっと見て、
「ルーク様。お兄様がお話があるそうです」
と、今さら言う。
いや、王子が目の前にいるからね。
その王子はこめかみを抑えて何かに堪えていた。
「はぁ……。まぁいい。ルークエイン、アンディスタン国王から文が届いた」
「来ましたか」
「あぁ。詳しい事情を聞きたいので、出来れば王城へ来て欲しいと。どうする? 断っても良い。文にもそう書いてあった」
来て欲しいが、嫌なら無理にとは言わない、か。
正直に言えば、嫌というよりは面倒くさい。
けどアンディスタンとトロンスタの為にも、出向いた方がいいんだろうな。
ま、お城に行くだけなら、あの連中と顔を合わせることもないし、別にいいか。
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