第219話:旅立ち

「シア! なんでまた小さくなってるんだ!?」


 風よけにするために、木に立てかけるようにしておいた小舟は以前のままそこにあった。

 いや、もしかしてシアがわざわざそうしたのかもしれない。

 そのシアは小舟の影で何かを抱いて丸くなっていた。


「うにゅ……ウーク?」

「こんな所で寝てたら風邪ひくぞ」


 と言ったものの、正直まだ暑い。

 九の月にはなったがかりで、日によっては残暑の厳しい日もあった。


「ウーク、あのね……あのね、シアね」

「ほら、砂まみれだぞ。ったく」


 以前、こうして休んだ時にはちゃんと葉っぱを敷いていたから砂まみれになることはなかった。

 だけど今のシアは、砂の上に直接寝ていたせいで体も顔も砂まみれになっている。

 ハンカチで砂を払い落としてやりながら、彼女が抱えていた物がなんだったのかが分かった。


 服だ。


 たぶんこれ、島に来て間もない頃に錬成してやった服だろ?

 小さいシアが着ていた、何度かビリビリに破かれては錬成しなおしたアレだ。


「シア、小さくなってそれを着たかったのか?」

「う? うおぉ!?」


 言われてようやく自分が小さくなっているのに気付いたようだ。


「シ、シア子供になってう!」

「そうだな。まぁどうせまた大きくなるんだろ。それよかほら、そろそろ出発するんだぞ」

「しゅ、出発?」


 シアは不安気な顔で、服をぎゅっと握りしめた。

 それから俯き、動こうとしない。


 そう……か。

 シアは、ここに残りたいんだな。

 そうだよな、ここは凄く……凄く居心地がいい。

 島のみんなが優しくて、ずっといたいと思える場所だもんな。


「うん。分かったよシア。お前はこの島が好きなんだな」

「シ、シア、この島好き!」

「あぁ。二人で頑張ったんだもんな。快適に暮らせるようにって、壊れかけの宿の修繕からガラスハウス作り、それに風呂……」

「シア頑張った! ウークと二人でっ。だからシア──」

「あぁ、いいんだよ。シアはここに残ってもいいんだ」


 シアなら何も言わずについて来てくれる。

 そう思っていたのは、俺の我がままだったんだ。


「シア……残うの?」

「あぁ。シアはこの島に残っていいんだ」

「シア……ウークと行けないぉ?」

「シアは残るんだから、そう……なるな」


 シアの目から大粒の涙がこぼれ始めた。

 泣くほど嬉しかったのかな。それほどこの島が大好きだってこと……だよな。

 俺よりも、この島が……。


 それは喜ばしいことじゃないか。俺が頑張ってきたことが報われたってことじゃないか。


 寂しくなんかない。

 悲しくなんかない。


 シアは……シアは……ここで幸せに暮らす──


「ジア、ウーグどいっじょがいいぃ」

「シ、シア!?」


 ばっと立ち上がって縋りつくのは、昨日までの大きなシア。

 突然だったのでそのまま押し倒され、馬乗りされた状態になった、


「ジア、ウーグどいっじょおぉ」

「ちょ、おまっ」


 元々着ていたのは、大きなシアサイズの服だ。だけど一度縮んだことで着崩れ、また大きくなったせいで結局服はビリビリだ。

 そう、ビリビリだ。


 大事なことなのでもう一度言おう。


 ビリビリだ。


「おまっ、また半裸状態じゃねーか! い、いいかっ! 男の前でだなー、そんなはしたない格好するんじゃありません!」

「ウーグづれでっでぇぇ」

「話を聞け!」

「づれでっでぐれないなら、シアずっとこのままでいうぅーっ」


 ずっとこのままって、いくら島の人が優しくてもなぁ──

 そんな格好でうろつかれたら男は理性ぶっ飛ぶんだぞ!


 うあぁーっ

 うあぁーっ

 俺の理性よ耐えろおぉぉぉぉぉぉぉ──ん?


「シア、連れていけって言ったのか?」

「いっだぁぁぁ」


 べそべそになってていまいち何を言っているのか聞き取り辛い。


「お前、この島が好きだから……その……」

「すぎぃぃぃぃ」

「だから島から出たくないんじゃないのか!?」

「ウーグ一緒がいいぃぃ」

「だから俺はもうこの島にはいられないんだって!」

『いやだから分かるようにさっさと話せい。シアよ、ウーグはお前も一緒に連れて行く気で探していたのだぞ』


 いや待て。いつ俺の名前はウーグになった?


「へぐっ。ウーグ……ジア連れて行ぐ?」

「いや、だからそれは……お前がこの島に残りたいなら、無理に連れて行こうとは思ってない訳で」

『連れて行きたいのか行きたくないのか、ハッキリ言わんかい!』


 な、なんでボスが怒るんだよ!

 そりゃあ連れて行きたいさ。行きたいけど無理やり連れて行ったって、仕方ないだろ!


「ウーグぅ……ジアも連れて行ぐ?」

「う……そ、それは」

『ベェッ!』

「あぁー、五月蠅いなお前はっ。連れて行きたいよっ、一緒に来て欲しいよ! でもシアが嫌なら俺は──むぎゅうぅ」


 シアが覆いかぶさり、俺の首を締めあげた。


 死ぬ!

 死ぬから!


「行くもん! シアいぐもん!!」

「い、いぐっで……ぐえぇ」

『おいシア。ルークが死ぬぞ』

「ふえぇ!? ウーク死んじゃう!? ウーク! ウーク!!」


 今度はがっくんがっくん揺らされ、ちょっと気持ち悪くなりそう、

 おえぇー。


 ボスに窘められてようやく俺を解放したシアは、恐る恐る尋ねてきた。


「ウーク、シア連れて行ってくれる?」

「ごほ、ごほっ。つ、付いてきてくれるもんだと思ってた」

「ウーク何も言わない! ボスたちには聞いたのに、シアには聞いて来なかった!」

「ご、ごめんって。いや、来るもんだって勝手に思ってたから、聞く必要もないって……そう、思ってたから」


 えっと、これはつまりどういうことだってばよ?


「シア、一緒に来て……くれるのか?」

「行く! シア、ウークとずっと一緒!!」

「そ、そっか……ずっと一緒、か」

「うん!」

「ぐえぇー」


 元気な返事のあと、シアがまた抱き着いて来る。


「あぁぁーっ! だからお前は、半裸で人に抱き着くんじゃねーっ」

「しゃーないもん! 服ビリビリだからしゃーないもん!」

「お前が破ったんだろうが! あぁ、もうほらその服寄こせっ」


 シアが大事に抱えていた服と、破れてしまった服の切れ端を錬金BOXに入れて──錬成。


 以前はハーフパンツだったそれは、シアが成長しているのでショートパンツに。

 染料岩で染めた上着に切れ端を追加させて、お尻がぎりぎり隠れるぐらいのシャツになった。

 それをシアに投げつける。


「ほら、とりあえず着替えろ。着替えたらさっさと船に行くぞ」

「うん!」


 背中を向け暫くまっていると、「着替えた!」というシアの元気な声が。


「よし、それじゃボス、頼むぜ」

『まったく、世話の焼ける奴らだ。もっとムードを大事にしてだなぁ──』

「ムード? ムードって何?」

「わぁぁぁなんでもない! ほら、急げっ」


 口説きに来たんじゃねーんだよ!

 このエロ親父め!!


『ンベッヘェ』


 やっぱりわざとか、くそうっ。






 船に戻って来ると、荷物の積み込みは全部終わっていた。

 角シープー一家も全員集合し、そこにはゴン太の姿もあった。


『息子は船に乗せてやってくれ。その方が動き回れてよいだろう』

「ゴン蔵はどうする?」

『わし、乗っていいのか?』


 いや、沈没するから止めてくれ。


『冗談だ。上空から周辺の海で見てやろう。上陸できそうな島でも大陸でも見つけたら教えてやるわい』

『あ、この近海ですと南に少し行くと小さな島がありますよ。本当に小さいのでお勧めしませんが』


 と、ク美が間髪入れず、海面から胴を出して言った。

 まぁ海の事ならゴン蔵よりク美のほうが詳しいだろう。

 ゴン蔵がちょっとしょぼくれている。


 みんなが船に乗り込むと、しれーっとモグラカイコが何羽かそれに続いた。


「おい、お前たちも付いて来るのかよ」

『ズモモモ』

『モズズモォ』

『糸が必要になるだろ、と言っている』


 必要になるだろうなぁ。まぁ来てくれるのは有難い。

 五羽のモズラカイコが船に乗船し、それからシアが──そして俺が──


「「ルーク様、お誕生日おめでとう!!」」


 へ?


 振り返ると、船着き場に集まった全員──もしかして、島の全員か?

 海岸いっぱいに人がいて、みんなが拍手を送ってくれている。


「あ……誕生日?」

「そうでございますよ坊ちゃん」

「ルーク様、本日、十八度目の誕生日を迎えられたのです」


 ロクが、そしてジョバンがそう言った。


 十八度目──十八歳!?


 すっかり忘れていた。

 そうか、今日で俺、十八歳なんだな。


「なんだよご領主。まさか自分の誕生日も忘れていたのかよ」

「俺はてっきりまた、誕生日つぅ記念に合わせて出航日を決めたのかと思った」

「うちのご領主がそんなこ洒落たこと、思いつくわけねーだろう」

「それもそうだ。はははははははは」


 なんだろう。何気にディスられている気がする。

 ま、まぁ気にしないでおこう。


 そっか、今日が十八歳の誕生日なのか。

 俺にとっての新しい一年が、今日から始まるってことだな。

 

 うん。

 旅立ちの日としては最高じゃないか!


「みんな、ありがとう! これから先も、島のこと……よろしくお願いします!」


 腹の底から精一杯声を出した。


「本当に……」


 あぁ、思い出すなぁ。

 島で俺やシア以外の人を見た時の事。

 あ、最初に見たのは奴隷船の奴らだったか。その記憶は消去しておこう。


 雪の中、魔法で除雪しながらやって来たエリオル王子一行。

 春になって、段々と島に人が集まって来て──最初はまともに生活できる建物が少なくて苦労したな。

 ドワーフ族のグレッドのおっちゃんが先頭に立って、建物の修繕をしたり新しく建てたりもしたよなぁ。


 冒険者ギルドも出来、たくさんの冒険者が訪れるようになった。


 船を襲うクラーケン討伐には、その冒険者に協力して貰って──で、ク美と和解して今に至る訳だ。


 アッテンポーが攻めて来た時も、冒険者には世話になったな。

 ゴン蔵にも、ボスにも、そしてク美にも協力して貰って、みんなで島を守ったんだ。


 その島にロクが来てくれたときには、本当に嬉しかった。

 ジョバンたちも俺を頼って島に移住してきてくれたこと、本当に感謝している。


 きっと最高の新天地を見つけてくるよ。

 それまで待っていて欲しい。

 

 もう振り返らないと決めて船へと乗り込む。

 

 あぁ、さっきのシアみたいに、俺も涙でぐしゃぐしゃだ。恥ずかしくてこんな顔見せらんないよ。


 でも言わなきゃ。

 最後に大事な言葉を言わなきゃな。


「本当にありがとう! 俺はみんなが、大好きだああぁぁぁぁっ!」


 拳を突き上げ、最後の別れをする。


 あれ、誰も何も言ってこない……なんで?

 そう思ったら──


「よし! じゃあ俺と結婚するか!!」


 そんな声が聞こえて、直ぐにどっと笑いが起きた。


「ちょ! 誰だよ今気持ち悪いこといったのはよぉ!!」


 振り返らないって決めたのに、思わず振り返ったじゃねーかくそう!


 海岸に笑顔が溢れた。

 毎日見ていた、馴染みの笑顔だ。


 願わくば、この島にいつまでも笑顔が絶えませんように。


「行ってきます!!」

「「行ってらっしゃい!」」


 こうして俺の──いや、俺たちの新しい旅が始まった。




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