第34話
エリクサー。
どんな怪我でも一瞬で治し、あらゆる状態異常も回復させるポーション──というのが、ラノベやゲームでもよく見る設定だ。
この世界でも同じ認識だが、レア度がとんでもなく高い。
錬金術の書物にもたびたび出てくるエリクサーだが、その素材が花だってことは書かれていた。
で、その花がどこで手に入るのか。そこまでは記されていない。
エリクサーで得られる富を独り占めしたい奴が発見してしまったのだろう。
その情報はトロンスタ王国にはあったようだ。
「ダンジョンが復活したカラクリを、俺は王子に話そうかと思うんだ。どうだろう?」
王子一行を残し、雌シープーたちが待つ自宅側宿へと戻った。そこで全員に話をして意見を求める。
『ンベェー。ンベベベェー、ンベェ』
「王子はー、ウークと同じ匂いだってぇ」
「俺と? 匂いがどうって?」
「同じだからー、きっといい人ぉ」
シープーは匂いで判断するのか。
まぁ悪い王子ではないと俺も思うよ。
「シアは?」
と言ったら、彼女は俺の胸に飛び込んで来た。そして鼻をくんかくんかさせる。
で、飛び起きて宿を出て行こうとするので、尻尾を掴んだ。
「ひうんっ」
「ダメだ! お前、今王子の匂いを嗅ぐために出て行こうとしただろうっ」
「うにゅうぅん。らめぇー、尻尾、らめぇー」
「うわっ。へ、変な声出すなっ」
ちょっとドキっとしただろう。
こいつ。栄養がしっかり摂れるようになったからなのか、ちょっと肉付き良くなってきてるんだよなー。
お兄さん時々目のやり場に困ってきましたよ?
「うみゅうぅぅ。シアはぁ……もしおーじが悪い人間なったら、ウークを守ってやるぉ」
「そりゃどうも。じゃなくってー、俺がお前を守ってやるほうだろう」
「あうっ!? が、がううぅっ」
なんで顔真っ赤にして噛みつくんだ。まぁいいけど。
じゃあ話は決まりだ。王子に『錬金BOX』のことを話そう。
そして出来ることなら俺の頼みも聞いて貰うか。
「──という訳なんです。で、これがその『錬金BOX』ですよ」
「壊れた物を元の形に修復することが……どれ」
ダンジョン核を修復錬成した話をすると、エリオス王子は躊躇いもなく高級そうなティーカップを床に落とした。
「うわぁぁっ。殿下、それひとつで800Lもするんですよ!?」
「はははははははは」
800L……8万円相当!?
ひぃ。どうせやるならもっと安いものでやればいいのに。
ティーカップが粉々になったのを確認して、王子は俺を見つめた。その顔は悪戯を成功させた子供のようだ。
「欠片を全部箱に入れなきゃならないんで、出来れば取っ手部分だけ折るとか、そういうのにして貰いたかったです」
「あぁ……す、すまない……。やり過ぎたな」
粉々になった欠片を箱に全部入れ、修復と念じて、はい錬成。
箱が光ってから蓋を開けると、800Lの高級ティーカップは元通り。
「「おおぉぉっ」」
ほっと胸を撫でおろす部下の人々。面白そうに見つめるエリオル王子。
「その箱に破壊された核を入れれば、元通りになるのだね」
「はい。箱から取り出した途端、地響きと共に揺れて、ボスモンスターが湧きました。だから王子が復活させたいダンジョンの核が存在しなければ……」
「復活させられないか。うん、それは大丈夫。ダンジョン核は外には持ち出せないんだよ。風化もしないし、ずっとその場に残っているままなんだ」
ボスが出現するあの部屋からすらも持ち出せないという。
なら安心だ。
それからは具体的にこれからどうするかの話をした。
まぁ『錬金BOX』は俺が触れていないと具現化しないし、そのダンジョンに行かなきゃならないのは確定だ。
更に密約書だ。これはトロンスタの王様に見せて、あと王子の叔父の公爵にも。
外交のことなので、王子ひとりでどうこうはできない。
「私としては一刻も早く出発したいと思っているのだが……ルークエインの都合はどうなんだい?」
「俺の都合……」
後ろを振り返ると、シアは外でボリスと遊んでいるのが窓から見えた。何人かの騎士や魔術師が、その姿を微笑ましそうに見ている。で、時々怯えた顔をしていた。
たぶんボスが睨みを利かせているのだろう。
シアは……本人の希望があれば連れて行けるだろう。でも──。
「出発は明後日ってことでいいですか? ボスたちに話さなきゃならないので」
「ボス?」
「あの大きな角シープーですよ」
「群れのボスだから『ボス』か」
残念そうな顔しないでください。
「ちなみにあの子シープーはボスの?」
「えぇ。ボリスって言うんです」
「父親の名前の間に一文字加えただけか」
だから残念そうな顔はしないでください。どうせネーミングセンスないよ!
「そ、それでですね王子。海賊を撃退させました。海賊と結託しているアッポントー公爵の悪事も暴きました。エリクサーのために協力もします」
「うん。褒美が必要だね」
分かってらっしゃる。
「アッポントー公爵の件が済めば、この島の所有権は?」
「我が国への返還を求めることになるだろう。ただこの島の特産であるダンジョンが──あぁ、復活したんだったな。うん、そうなると再び活気が戻るだろうな」
「そ、そうですよね……えぇっと……自分は父親──アンディスタンのローンバーグ侯爵の次男です」
「あぁ、やはりそうか。実は君のことは以前、調べたことがあったんだよ」
「お、俺のことを?」
エリオス王子の妹姫は、生まれた時から難病を患っていた。
薬はないものかと彼なりに必死に探したそうだ。そんな時に、隣国の侯爵家に錬金術の『才能』を授かった同年代の子供がいると聞いて、藁にもすがる思いだったそうだ。
が、調査を任せた者は『鑑定の才』を持つ者で、『錬金〇〇〇』と、要はBOXが読めず。
「錬金術と判断は出来ないという結果だったんだよ」
「はぁ、その調査員は優秀ですね。俺なんて鑑定した司祭が錬金術だって判断したもんだから、無能者扱いをされて育ちましたから」
「遠回りをしたが結果として、君は妹の病を治す大事な役割を担ってくれることになったな」
「そうなりますね。それで……王子にお願いがあるんです」
「聞こう」
面と向かった王子の顔は真剣なもので。
俺は深呼吸を一つしてから、王子にこうお願いした。
「俺をトロンスタ王国に亡命させてください。そして──この島を俺にくださいっ」
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