第35話:オーク母子3

「どうしてこうなった」


 侯爵は頭を抱えていた。

 屋敷の敷地内にある果樹園の果物は、とうの昔に食べつくされていた。

 自分が知らないうちに、近隣の農園から出荷用の大量の果物が届くようにもなった。

 どちらも原因はアンジェリーナとエンディンにある。


 ただでさえこの一カ月は、農園の木に病気が蔓延して出荷数が激減している。

 なのに今月出荷するはずの果物は、半分近くが二人の胃袋の中だ。


「エ、エンディン。せめてお前が『ギフト』の力を使ってくれたら──」

「えぇ!? パ、パパは僕ちゃんに、汚い土いじりをしろと言うのかじゃんっ」

「あーたっ! エンディンちゃんの、この白くて可愛いお手てを穢そうと仰るざますか!」

(穢すとか、意味分からんし)


 こめかみを抑え、頭痛に堪える姿勢の侯爵。


「ほんのちょっと土に触るだけで、エンディンが大好きな果物ががっぽがっぽなんだぞ?」

「え、がっぽがっぽ!? じゃあパパが僕ちゃんの代わりに土に触ってくるじゃん。はい、パパ。握手」

「何故握手?」

「僕ちゃんが触ったパパの手なら、きっと『農耕の才』が使えるじゃん!」

(んな訳あるかーっ!)


 と声に出して叫びたかったが、目の前にはアンジェリーナがいる。恐ろしくて出来ない。


 だが藁にも縋る思うで、侯爵はその手を洗わず果樹園へと向かった。

 そこで土を触って様子を見る。


「どうしてこんなことになったんだ……」


 無能だと思っていたもうひとりの息子ルークエインは、実は優秀な息子だった──というのを今になって知る。


「まさか錬金術を使って、農園の作物を病気から守っていたとは……」


 道理でここ十年ほどはずっと豊作が続いていたわけだ、と。

 知ったところでもう遅い。

 息子は今頃、海賊船で奴隷としてコキ使われている頃だろう。

 

 春になればあの海賊たちは港に戻ってくるはずだ。表の顔、商人として。

 それに合わせて息子を買い戻そう。

 侯爵はそう決意する。


 それまでに領内の果物が残っていればいいが……そんな一抹の不安を抱えて。

 いや、その前にアンジェリーナが、ロクのことを思い出さなければいいなと祈った。


 思い出せばまた騒ぎ出す。

 当然、国王に手紙など出してはいない。完全な冤罪なのだから、誘拐がどうとか言えるはずもない。

 

「はぁ……早く春よ来い」


 果たして彼らに春は訪れるのか。

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