第143話:おやおやぁ?

 イスル公の携帯魔導装置球は、ティアットの町はずれにある小さな雑木林へと繋がっていた。

 ここでは彼の部下が、ティアムン公爵の動向を伺うために待機している──はずなのだが。


「おかしいですね。誰もいないなんて」


 みんなでトイレに……なんてことはある訳ないよなぁ。

 こういう状況で次に予想される展開はただ一つ。


「はぁ、はぁ。よ、ようやくご到着という訳か。ん? 誰だ、貴様ら」


 なんかめちゃくちゃ息切れしまくっている奴が登場。ここは予想外だ。

 30歳前後の男と、それに武器を構えた兵士に囲まれた。その中にはあの冒険者の姿も見える。

 仲間を巻き添えにしてまで俺たちを殺そうとした連中は、それが失敗したことに驚いている様子だった。


「よくあの炎の中を生き残ったものだな」

「ちっ。仕留めそこなったのか」


 舌打ちする魔術師に向かって「お前の仲間は黒焦げだったけどな」と嫌味を伝えた。

 それに対しても動揺する素振りも見せず、仲間の死に対して何も感じないようだ。


「はぁはぁ。すーはー……おい、このガキと角シープーはなんだ?」

「アルゲイン様。そこの坊主がトリスタン島の領主、ルークエイン男爵ですよ」

「な、に? ほぉ、この男が我が伯父を」


 え、あの息を切らせてる男が、アルゲイン!?


「訓練所から駆け付けた甲斐がある。貴様から話を聞きたかったのだよ」

「話を? 俺はあんたと話をするつもりはないね。あんたが島から誘拐した俺の家族、ボスを返して貰おうか!」

「家族? ボス?」


 白を切る──というよりは単純に話が通じていないようだ。


「この子の父親の角シープーだ。さっさと返せ! それとも外交問題に発展させたいのか?」

「ほぉ。あれを家族と呼ぶか。ん? まてよ。あれの子というが、もうとっくに親離れしているだろう」

「親離れ? 角シープーの基準なんて知らないが、ボリスはまだ一歳ちょっとだ。親を恋しがってもおかしくないだろう」


 そもそも親離れしたかしてないかの問題じゃない。


「ボスを連れ去り、調教して無理やり従わせるやり方が気に入らないんだ。今すぐボスを返せば、今回の事はトロンスタ国王にも内密にしておいてやる。すぐにボスを連れて来い!」

『ンペェーッ』


 ボリスは威嚇するように蹄を鳴らし、最近伸びて来た角を奴に向けた。

 頭を押さえ、飛び出さないよう促す。

 怒りの矛先であるアルゲインは、ボリスを見てぶつぶつと呟いていた。


「一歳ちょっと……あのサイズ……信じられん。いや、父親がそうであるならば、子もまた──」

『ンッペェーッ』

「ボリス待て。力技は最後の手段だ」


 我慢できないと言うように、ボリスは地を蹴って今にも飛び出しそうだ。


「おい、いい加減にボスを──」

「その角シープーを寄こせ」

「は?」


 こいつっ。ボスを返せって言ってんのに、今度はボリスだと!?

 はっ。さすがはアッテンポー家の血縁者ってことか。

 それとも伯父が処刑された恨みで、ボスを?


「アッテンポー元公爵が処刑された恨みだろうがな、それ、逆恨みもいいとこだぞ」

「ん? 伯父が処刑された恨み? 別に恨んでなどいない。むしろ俺は伯父こそ恨んでいたぐらいだ。死んでせいせいしたさ」

「え? 恨んでない? じゃあなんでボスを!?」

「欲しいからに決まっているだろう。欲しい物を手に入れて、何が悪い?」


 こいつ!

 欲しければ相手の意思なんて関係ないっていうのか!


『ンッペエエェェーッ!』

「ダ、ダメだボリス!」


 しまった。ボリスの怒りが頂点に達して、俺の腕力でも押えられなかった。

 ダダダダっと駆けるボリスの前方に、あの冒険者たちが立ちふさがる。


「捕まえろ」


 アルゲインはそう短く命令すると、腰にぶら下げた巾着から何かを取り出した。

 その途端、猛然と突進するボリスが急停止する。


「くそっ。それを使ってボスも──」


 アルゲインの手にあったのは小さなランタンだ。火ではなく魔法の明かりを灯すそれは、恐らく魔石のランタン。

 地上のモンスター除けに使われる魔石のランタンは、モンスターが嫌う臭いを出すとされている。


 だが嫌うだけじゃないのか?

 具体的に実害があるというようなことは、本で見たことがないけど。


「ウーク……あれ、シア嫌い」

「シア?」

『気持ち悪いでしゅ』

『あの臭い、ぼきゅたちモンスターを弱らせるでちゅ』

「弱らせるって……そんな効果が!?」


 ボリスは立っているのもやっとのようで、ふらふらしている。

 あのままじゃマズい。あのランタンを──


 腰のポーチに手を伸ばすと、


「動くな!」


 ちっ。さすがに冒険者は目ざとい。


『うぅ、もう我慢できない! それ止めろぉーっ』

「バっ。出るなゴン太!」


 と叫んだがもう遅い。

 ゴン太は元のサイズになると、口を開けてブレスを放った。


 これには敵さんも驚き、立ちふさがっていた冒険者のひとりに命中。

 冷気のブレスをまともに食らった男は、胴の部分だけが凍りつけにされてそのまま倒れた。


『ぽきゅも!』

『行くでちゅっ』


 クラ助とケン助が次々とシアの鞄から飛び出し、大きくなる。


「な、なんだこれは!?」

「ドラゴンと、クラーケンだと!?」

「いや、小さすぎやしないか?」


 武器を構えた兵士の間にざわめきが起きる。そこに二匹が水を噴射させるもんだから、ざっばざっばと兵士たちが吹っ飛んでいった。

 こうなったらゴリ押しするしかないか。

 

 奴らの注意が逸れたことで、俺はポーチから石を取り出すことが出来た。

 ゴン蔵のブレス石は危険だ。範囲がでかすぎる。

 だけどシアの氷石なら、ボリスを巻き込むことなく奴の足を氷に縫い付けられるだろう。


 それを取り出して投げ──


「くはははははははっ。素晴らしいぞ男爵! この俺様に貢物とはなぁ──"調教の鎖"!」


 突然馬鹿笑いをしたかと思ったら、アルゲインの手から鎖が飛び出した。


 調教の鎖……あれが奴の『ギフト』か!

 伸びた鎖がボリスを襲い、そしてゴン太たちにも飛んで来た。


「させるか! "錬金BOX"」


 もうほとんど条件反射だった。

 飛んで来たのだから、出来るんじゃないかっていう、ただそれだけ。


 最大サイズで取り出した錬金BOXを、どんっとゴン太の前に置く。


 そしてアルゲインの放った鎖は──


「なっ!? 貴様っ、俺様の鎖になにをした!?」

「……はは、入った……」


 ぱたりと蓋が閉じると、鑑定結果がアナウンスとなって聞こえてくる。


【木の枝。調教の鎖】

【ただの木の枝と他者を支配する強制スキル。ただし総合的なステータスによって抵抗されます。また対人相手では対抵抗値が半減する】


 おやおやぁ?

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