第91話

 ロロトアの船が岩場の船着き場へと接舷し、まずは本人と護衛らしき数人が下りてきた。


「お久しぶりでございますです、ルークエイン様」


 恭しく頭を下げられ、ちょっと気恥ずかしい。

 未だにこういうのには慣れて無くって、まぁそれは侯爵家に生まれてもそれらしい扱いを受けずに育ったからだろうな。


「久しぶりだなロロトア。しかしあの時の礼なんていらなかったのに」

「いえいえいえいえ。礼をせずにどうしましょうぞ。それに──商人は自分の利益になるようであれば、初期投資などは惜しみませんですからして」

「初期投資? 俺が儲け話を持っていると、そう思っているのか?」


 ロロトアはにまぁーっと笑みを浮かべ、山を指さした。


「ダンジョンが復活したそうで。であれば、ダンジョン産の素材がありますでしょう?」

「あぁ、なるほど。自分の所にその素材を卸して欲しいってことは」

「はいですます」


 それは構わない。ただ専属となると、トロンスタの商人が黙っちゃあいないだろうな。

 ロロトアはそれも十分承知の上で、


「全体の二割をアンディスタン側で買い取らせて頂きたいのですます。で、アンディスタンではわたしに独占させて頂ければなぁっと」

「なるほどね。ギルドのマスターとも相談する。あとエアリス姫ともな」

「え、わたくしともですか?」

「え、あ、姫様もご一緒ですますか!?」


 さすがに驚いたようで、あたふたしたあとロロトアは姫に向かって深々と頭を下げた。

 その時、出っ張った腹が邪魔して危うく前のめりにこけそうに。

 それを護衛がすぐさま反応して支える。

 おぉ、デキた護衛だ。


「わ、わたくしは商売のことはサッパリでして……あ、魔導通話もありますし、お城の父に相談してみますわ」

「そ、そうして頂けますと、わたしも大変うれしゅうございますです。あぁルークエイン様。積み荷はどちらへお運びいたしましょうか?」

「は? い、いや、それは貰えない。もう貰っているのだから」

「いやいやいやいや。先ほども申しました通り、一度海に沈んだものなど再利用できませんです。あぁ、薪にはなるでしょう。厨房でどうぞお使いくださいませです」


 うぅん。どう説明しても聞いてくれそうにないな。

 仕方ない。論より証拠だ。

 実際に修繕するところを見て貰おう。


「誰か、に入りそうな家具を持って来てくれないか?」

「実際にお見せするのですわね」

「シア行くぅ?」

『ぽく持って来るでしゅよー』


 シアよりも早く、クラ助が動いた。


「ル、ルル、ル、ルークエイン様。いい、今のはもしやクラーケンの子供ですか?」

「あぁ。ク美の息子だ。あの海域にいたのは、子育てをするためだったんだよ」

『あれはあなたの船だったのですね。あの時は本当にごめんなさい』

「ひっ」


 ひょっこり出てきたク美に驚くロロトア。


「うちの島と取引がしたいなら、これぐらい慣れておいてくれよ」

「お、お聞きしますが、先ほどのドラゴンも……」

「ゴン蔵だ。あと息子のゴン太ってのもいるし、他にも角シープーや、最近はモズラカイコとも仲良くなった」

「……モ、モンスターと仲良く……いや、角シープーはまぁ分かりますですよ。他の地域でも飼育している畜産農家はおりますですから」

「まぁ慣れてくれ」

「……そういたしましょう」


 そんなやりとりが終わる頃、クラ助が小さな棚をふぅふぅ言いながら持って来た。

 ベッドの脇に置いてあるような、ランタンを飾る程度の棚だろうな。

 そんなんでも下の扉部分に細かい細工がしてあったりする。


「これもフジツボ付いてるなぁ」

『でもどこも壊れてないでしゅよ』

「あぁ、ありがとうなクラ助」


 ぷにぷにした胴を撫でてやると、嬉しそうに目を細める。

 イカってこんなに可愛かったんだなぁ。


「あ、あのルークエイン様……それを修繕とはいったい」

「あぁ、これをな──"錬金BOX"。この箱に入れます。そうしたらー、あーら不思議!」


 蓋をして、海水とフジツボと棚とに分解錬成する。

 箱が光り、空けると箱の中には棚と、底の方に海水が溜まって、フジツボが転がっていた。


「こうなります」


 取り出して見せると、ロロトアは「はて?」という顔になる。

 それからワンテンポ遅れて、何やら引き出しを引いた。

 あぁ、お気に入りマークか。


「た、確かにわたしがルークエイン様に贈った品……ど、どうなっているのでしょうか? さきほどまではフジツボが付き、海藻もくっついていた物がどうして」

「この箱に壊れた物を入れるとな、元通りに出来るんだ。まぁ条件はあるけどね」


 壊れていてもその破片は揃っていればいい。なければ代わりの物を入れればいい。

 だけどそれをしなければ元には戻らない。


 ──と説明。


「これが俺の『才能』なんだ」

「はぁー、それはこうしゃ──元侯爵であるローンバーグ氏が勘違いしたアレですますな」

「そう、アレだ」

「こんな素晴らしい『才能』だったとは。わたしたち商人にとって、神のような能力ですますよ!」


 物を取り扱う商人にとってはそうだろうなぁ。

 だからこそロロトアは言う。


「それ、あまり商人にはお話にならない方がよろしいかと」

「そうか?」

「はい。その力を是が非でも欲しがる者も現れますでしょう。かく言うわたしも欲しいですからねぇ」

「……やらないし、やれないぞ?」

「承知しておりますです。しかし──元通り修繕できるとなると、確かに今回持って来た品々は意味がなくなりましたですますなぁ」


 わざわざ持って来て貰ったのに、そのまま送り返すのも確かに申し訳ない。

 とはいえ、買取れるほどの金銭的余裕は──まぁあるものの、今年の冬は作物の収穫もまだ万全じゃないだろうし、食料の仕入れも考えなきゃならない。

 うぅん、どうしようかな。


「ルーク様」

「ウーク」


 二人が珍しく声を揃えて俺を呼んだ。


「アレの取引を持ち掛けては?」

「シア、いっぱい氷出すぉ」


 アレ。

 あ、エアコン石!?


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