第92話
実物を見て貰った方が早い。
ロロトアを連れて町にある宿の自宅二階へ。屋敷のほうはまだまだだ。
「氷……でございますですか?」
「あぁ。氷に魔力を付与したもので、溶けなくなっている」
「溶けない?」
ロロトアは無い首を傾げて氷に触れる。
「冷たっ──いや、しかし確かに手に水が付きませんですね」
「あぁ。冷たいが溶けないんだ」
氷が外気に触れ蒸発する。その蒸発した冷気によって、風石から出る風を冷やす。
同時にこの付与氷は、空気中の水分を集めて凍結させる効果もある。
溶けながら凍結しているということだ。
ロロトアの護衛二人はここまでが暑かったのか、氷にペタペタ触って気持ち良さそうにしている。
が、肝心のロロトア本人は微妙そうな顔で氷を見つめていた。
ふ。その顔はまだ早すぎるぜ。
これを見たら、いや感じたら驚くだろう!
風石をガツンと壁にぶつけて、そして風を発生させる。
それを付与氷の後ろに持って来ると──
「お、おおおぉぉっ」
「はあぁぁぁ、こりゃあ涼しい。生き返るようです」
護衛二人はまさに極楽気分だろう。
そしてロロトアは。
「なっ、なっ。こ、これはいったい!?」
「ふっ、食いついたな」
「えぇえぇ。食いつかずにいられましょうぞ。ルークエイン様、これはいったいどういう仕組みですますか?」
「こっちの石は魔石だ。その魔石に──いや、ここから先は企業秘密だ」
「きぎょうひみつ?」
あー、企業っていう言葉がないんだった。
とにかく秘密だ。
「これで商売が出来ると思うか?」
「出来ますっ」
きっぱりと答えるロロトア。
「魔石のほうは永続的に使えるものですますか?」
「いや。上限時間がある。今のところ一日五、六時間使って……えぇっと」
「五日目ですが、まだ使えていますわね」
「シー──もがもが」
慌ててシアの口を押える。
シープーの名前をここで出されては困るからな。
察した姫がシアを連れて一階へと下りて行った。
「魔石が材料ですますね。このサイズでも現時点では二十四時間以上は使用できているようで。なるほどなるほど」
ロロトアは独り言のように、やれ魔石の原価がいくらだ、風石や付与氷の適正価格はどうだの言っている。
戻って来たエアリス姫とシアが、風石は魔石の大きさにもよるが、
「その大きさで丸々三日間ぐらい使えるそうですわ」
──と。
「なるほどなるほど。この石は二階層でも取れるサイズですます。一個5L程度ですね」
「そ、そんなに安いのですか? 5Lでいったい何ができるのかしら?」
「冒険者であれば一回の食事料にはなるですますよ」
それからロロトアはそろばんを取り出し、計算に入る。
パチパチと小気味よい音は、日本のそろばんと一緒だ。
「石も氷も製法が分かりませんですが、それは秘密ということで──。あ、それが悪いとは申しませんですます。この世界では製法を秘密にするのは、至極当たり前でございますですから」
「助かる。どのくらいで売れそうだ?」
「左様でございますねぇ……セットでは販売できませんので、魔石のほうはこのサイズで20L──」
20……安いなぁ。
けど消耗品だし、高いと誰も買ってくれない。
一個5Lの魔石が20Lになるなら、よしとしなきゃな。
さて付与氷はどうなるかな?
「氷のほうは──大銀貨一枚でいかがですか?」
大銀貨一枚。500Lか!?
商談成立!
としかけた時だ。
「おーぅ、ご領主いるかー? 試作品の受け皿が出来たぞー」
グレッドがやって来た。
「おぉぉ、これは素晴らしいですますな!」
グレッドが持って来たのは、丸太をくり抜いて作ったという氷の受け皿だ。
風石を置くための小さな皿もしっかりある。
植物の蔓というか蔦?
それが氷に巻きつくようなデザインには、もちろん花も彫られていた。
「美しい。とてもよいですこれはっ。こ、これは量産が可能ですますか!?」
「あー、無理だなぁ。俺ひとりじゃあ数日で一個が限界だ。それにこれを本職にする気はねー。なんならそっちで量産できる職人を見つけてくりゃいい。それはくれてやるからよ」
「本当ですか!? では金貨十枚で買取ますですよ!」
「じ、じゅ!? え? は?」
グレッドは目を白黒させて驚いた。
そうだよな。金貨十枚って、百万円相当だもんな。そりゃあビックリするわ。
「ルークエイン様、よろしいですますか?」
「グレッドがいいなら、別にいいさ。試作だったものだし。とりあえずサイズや形も申し分ない」
「けど出来ればもっとシンプルにしてぇ。二日かけてこれだからよぉ」
そこはグレッドに任せるとして、ロロトアとの商談も成立だ。
契約書だなんだのは明日までに用意するという。
つまり今夜は島に泊まっていくそうだ。
「そうそうルークエイン様。あなたさまに是非お会いしたいと言う者が船に乗っておりまして」
「俺に?」
「はいですます。元侯爵家に仕えていた者と言っておりましたですますが。いかがなさいましょう?」
ローンバーグ家に仕えていた?
何故そんな奴がここに……。
まぁ、会うだけ会ってみるか。
そう思って宿家を出ると、ロクがひとりの男を連れてこちらへと向かって来ていた。
「やぁロク。なんかやしきに仕えていた奴ってのがいるみたいなんだ。よかったらロクも一緒に来てくれないか? 知ってる者かもしれないし」
「えぇ、そうですね。わしの知る人物でしたよ坊ちゃん」
そう言ってロクはにこにこと、連れていた男を前に押し出した。
「お、お久しぶりでございますルークエイン坊ちゃん。執事の──あ、いえ、元執事のジョバンでございます」
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本日より隔日更新いたします。
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