第140話:林の向こう
町で買った地図を見る限り、マローナからティアムン領は近かいようだ。
「だからって……走る……ことは……ないだろ!?」
「ウーク、頑張えぇ」
はっはと舌を出し、シアがペロリと俺の顔を舐めた。
「シアはずるいよなぁ」
「シアずういの?」
「だってお前、いつの間にか狼になってるじゃないか!」
ふと気づいて姿が見えなくなったと思ったら、狼に変身していた。
ちゃんと服を畳んで鞄に入れていたようだが、いつ、どこで、脱いだ!
「だってこっちの方が走ぃやすいもん」
「だからずるいんだよ!」
『ペッペェッ』
く、ボリスはボリスで、俺が全力疾走しても追いつけないようなスピードで走ろうとするし。
お前ら人間をいたわれよ!
「せめて馬車でもあればなぁ」
『ボクが使ってた荷車があればよかったのにねぇ』
「ゴン太専用の奴か。いつもボリスに引っ張って貰ってたもんな」
『うん。ボリスはね、ボクを乗せてても早く走れるんだよ』
だからボリスの足が鍛えられているんだろうな。時々冒険者が乗って遊んでるのも見たことあるし、あれも十分修行になってただろ。
そうだ。馬車って言っても、俺だけ乗れればいいんだ。
シアは狼の姿で走れば当然早いし、ボリスに俺を乗せた荷車を引っ張って貰えばいいんだよな。
「よし! 休憩だっ」
『ンペッ!? ペペペ、ペェーッ』
「まてまて。ただ休憩するだけじゃない。荷車を錬成するためだ」
『ペェー?』
『作るんでしゅか?』
『ぼきゅも欲しいでちゅ』
街道脇の林に入って、手ごろな材料を集めて回る。クラ助たちも元のサイズに戻って手伝ってくれたので、木材集めはすぐに終わった。
「じゃあ錬成するか。言っとくけとお前らの分はないからな!」
『えぇーっ。ずるいでしゅルークしゃん』
『ずるいずるいぃー』
急いでティアットに向かう為であって、遊ぶためじゃないんだぞ。まったく。
錬成した荷車はひとり乗り。少しスペースには余裕がある。
「ゴン太、クラ助、ケン助。お前たち、また小さくなってここに乗れ」
『うわーい!』
「シアがそのままの姿で一緒について来てくれ」
「あーい」
「ボリス。少し重いだろうけど、頑張ってくれよ」
『ペ!』
任せろってことか。頼もしいな。
荷車をボリスに固定して街道まで歩いて行く。そこから荷車に乗り込んで──
「よし、準備でき──たああぁぁぁうおああぁぁぁーっ!」
『ンペペペェー』
ボリスが物凄い速さで走り出した。
『わぁーい! 早いでしゅーっ』
『楽しいでちゅねぇー』
楽しく……ねえぇーっ!
俺は……ジェットコースターとか、一度も乗ったことないんだよぉぉーっ。
「ぜはぁー、ぜはぁー。に、荷車がぶっ壊れた……これで三回目だぞ」
いくらある程度は舗装された街道といっても、小石ぐらいはいくらでも落ちている。それに高速で回転する車輪が乗り上げ、バウンドする。
ボリスは構わず走り、一時間ほどすると荷車が耐えきれるバウンドした瞬間に空中分解。
部品を拾い集め、新しい木材を追加して再錬成してはまた走る。
死ぬかと思った。
そして三回目に空中分解して放りだされたとき、遠くに町があるのを見つけた。
「はぁ、はぁ。あ、あとは歩いて行くぞ」
「ウークなんで疲れてうの?」
「ははは。なんでだろうな。それよかシア、人の姿にもど──ここで戻るな! あっち、あっちの茂みで服を着て出て来いっ」
「あーい」
ぽてぽてと茂みに向かうシアを見送り、それから町で買った地図を広げた。
首都からティアムン領までは、近いとはいえ馬車でも丸一日は掛かるはずなんだろうけどな。
まさか半日で到着するとは、思ってもみなかった。
「あれはアルムの町かな。ティアムン領内には町が二つあるんだよ」
『ペェー』
『あそこにボスおじちゃんいるの?』
「さぁ……いるとしたらこっちの方かなー」
チビたちに地図を見せ、ティアムン領内のもう一つの町の方を指さした。
ティアットの町。その脇に星マークがあるのは、その土地の領主が住む屋敷があるという意味だ。
アルゲインがティアムン公爵に雇われているのなら、ティアットに戻ったのだろう。
「ウーク、お待たせ」
「よし、今夜はあの町に泊まって、明日、ティアットを目指そう」
『また馬小屋でしゅかー』
『ルークたちだけずるいぃ』
「ぐ……だって仕方ないだろ。お前たちはまだしも、ボリスを宿の中に連れて行けないんだし」
ボリスも小さくなってくれれば、鞄に隠して連れてはいけるが。
でもボリスはそれが嫌だという。小さくなると感覚も鈍るというのが理由らしい。
『ぼきゅもルークしゃんと一緒に寝たいでちゅ』
『寝たいねたーいっ』
「ぐっ。お前たち、そんなに俺が好きか!?」
『『好きぃーっ』』
俺も好き!
結果、町へは入らずティアット方面に続く街道をもう少し進んだ先にあった、休憩用の小屋に泊まることにした。
運よく誰も使っていなかったので、ボリスたちと一緒に寝ることができる。
「クラ助ケン助、海水の調子はどうだ?」
マローナの町の屋台で買った食べ物で腹を満たし、寝床の準備をしながら二匹へと尋ねた。
『大丈夫でしゅ』
『かーちゃまの魔法がぼきゅたちを守ってくれまちゅ。けど……』
「けど?」
クラ助とケン助は少し躊躇しながら、二匹はこう言った。
『冷たいお水が欲しいでしゅ』
『体を冷やしたいでちゅ』
「水か。どっかに川でも流れていればいいが、無ければ町の中で井戸水を貰ってくるか」
辺りはもう暗いが、ランタンは用意してある。まぁ明かりが必要なのは、実は俺ひとりっていうね。
「ウーク、川あうよ。シア汲んでくうね」
「本当か?」
「音聞こえうもん」
俺には聞こえないが、銀狼族のシアには聞こえているのだろう。
ひとりで行かせるのは心配だが、全員で行っても仕方ないしなぁ。
「ボリス、ついて行ってくれないか?」
『ンペェー』
俺は明日の荷車を錬成しなおしておこう。あと予備の木材にする木を集めておくか。
小屋の後ろはすぐに林なので、幸い枝集めに困ることはない。
「だいたい摩擦で部品が削れてたりするのがおかしいんだよ。だから分解した部品だけじゃ再錬成できないんだし」
『馬車のこと?』
『早くて楽しいでちゅよねー』
「楽しくないから。ぜんっぜん楽しくない」
落ちている枝を集めて、分解、合成して木材にする。それをアイテムリュックに入れた。
薪の余分もあまりなかったみたいだし、使わせて貰うお礼に補充しておいてやろう。
この国はトリスタン島より北にあるが、雪は少ないんだな。まぁそれでも寒いことに違いはないけどさ。
集めた枝を錬金BOXに入れて、良く燃えるように乾燥させる。
ゴン太たちが枝を拾ってくれている間に乾燥錬成を続けた……
「あの二人、帰りが遅いな」
『そうだね。何かあったのかな』
心配そうにゴン太が林の先を見た。
「川の音って、聞こえるか?」
『うん。ボクにも聞こえるよ』
『聞こえないでしゅが、水の気配はするでしゅ』
『行くでちゅか?』
「もちろん、行くぞ」
拾って集めた枝をひとまず錬金BOXに入れたまま、ゴン太たちの案内で川へと向かった。
ランタンの明かりを頼りに歩き出してすぐ、林の向こうにも明かりが見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます