第58話
「これがウークのおかーさん?」
「まぁ、綺麗な方ですわ」
「そう思う? やっぱりそう思いますよねー」
トロンスタ王国へと戻る馬車の中で、母上の肖像画を目にして顔が緩む。
結局アンディスタンには長居することになったなぁ。シープーたちは元気にしているだろうか。
「しかし本当によかったのか、ルークエイン。アンディスタン王は君に侯爵の地位を与えてくれると言っていたのに」
「いやぁ、爵位よりあの島の開拓生活が楽しそうなので」
アンディスタン王とエリオル王子との間で話し合われ、島はトロンスタ王国に返還ということになった。
返還はされるが、王子の叔父とその奥さんの暮らしはこれまで通り続く。
更に国王の監督不行き届きが原因だったからと、トロンスタ王国へは所謂賠償金のようなモノが支払われることになった。
ローンバーグ家の財産は全て没収……にはならず。
「それに、ローンバーグ領は伯父が継いでくださいます。どこの誰か分からない人に譲るより、知った人が治めてくれる方が安心ですから」
俺が生きていたと知らせを聞き、慌てて王城へとやって来た男がいた。
ローンバーグ元侯爵方の親戚ではなく、一度も会ったことのない母方の伯父だ。
侯爵家の財産は伯父に譲ったが、これは領内の畑や果物の木があちこち病気になっているので、そのためだ。
領民を飢え死にさせないために使って欲しいと頼んである。
伯父はそれを了承してくれた。とても優しい笑顔で。
乳母が「ルシエラ様のお兄様が、ルーク様を引き取りたいと仰っているのですけど……きっとその方がルーク様も幸せになれるのでしょうね」と言っていたのを覚えている。
「君の伯父殿も喜んでいたな。二人の息子にそれぞれ領土を持たせられると。しかし──その肖像画の女性と伯父殿と、やはり似ているな」
そう。記憶にある母と伯父は、目元がそっくりだった。優しそうな目元が。
話してみて、この人は優しい人だとすぐに分かった。
だから国王には、伯父にローンバーグ領を引き継いで欲しいと願ったら、その通りにしてくれた。
これで一安心だ。
その後、伯父が治める領地へ行き、母の肖像画や大事にしていたという小物類を形見として貰うことに。
それから更に実家へと帰り、あの日持ち出すはずだった家出用リュックを取って来た。
中には母が侯爵家へ嫁ぐ時、親から貰ったという指輪とネックレスが。
「それにしても、俺がいない間に屋敷も随分様変わりしていたなぁ」
「お屋敷の裏庭にあった、あのガラスの小屋は元々なんでしたの? 木が枯れ放題で、異臭まで放っておりましたけれど」
「あぁ、あれは果樹園だったんですけどね……成人の儀を受ける前までは、青々としていたのに」
実っていた果物が腐ったんじゃない。
木そのものが腐ったんだ。
エンディンのやつ、自宅の果樹園すら耕さなかったのか?
何のための『農耕の才』だよ。
「屋敷だけでなく、領内にある果物園の木も元気が無かったですね」
護衛の為に同じ馬車に乗るロイスもそう感じたらしい。
病気や害虫にやられたんだろうなぁ。
誰も対策しなかったのかよ。
屋敷を出る前に、覚えている範囲の病気や害虫に効く薬のレシピを書き溜めてきた。
あとは植物の専門家を雇った方がいいんだろうな。
その辺りは伯父に手紙をしたためたので、あとは任せればいいさ。
俺は俺の人生を歩みたい。せっかくそのチャンスを得たのだから。
「あ、ルーク様っ。ゴン蔵が見えましたわ」
「あー、やっぱり大きいなぁ。屋敷より先にゴン蔵が見える」
「ゴン蔵おーきー」
トロンスタ王家の夏の別荘へと戻って来た。
次は移住の手続きと、島の再生だ。
それから島の復興──まずは冒険者ギルドの支部を復活させることだ。
いや、その前に建物の修復かなぁ。もう修復レベルじゃなくって、新築必須レベルだけども。
馬車が屋敷に近づくと、ゴン蔵が首を持ち上げ『やっとか』と一言。
まぁ一月半は留守にしていたもんなぁ。
ジーナ、俺たちの事覚えててくれてるかな。
そんな心配は──あった。
屋敷に到着して馬車を下りると、ボリスが鳴きながら突進してきた。
『ンペエェェーッ』
「ごふっ」
パ、パワーが……パワーが上がっている。
ステータスの干しブドウはこっそり置いて来たので、それを毎日食べていたのだろう。
いや、普通に成長しただけかも?
『ンペェ』
「あぁ、ただいま。妹は元気か?」
『ペ』
ボリスが振り返り、ジーナを呼んだっぽい?
だけどシーナの後ろに隠れてしまって、ジーナは出てこようとしなかった。
母であるシーナも押し出そうとするが、必死に隠れる。
そしてこともあろうか、屋敷の使用人に助けを求めるように走って行ってしまったじゃないか。
「ジーナ……俺たちの事、忘れてる?」
「たった一日しか顔を合わせておりませんもの。仕方ない……のでしょうけれど、寂しいですわ」
「あうぅ。ジーナ、シアたち怖いって言ってうぅ」
「おいボスー。娘にちゃんと俺たちの事、刷り込んでおいてくれよぉ」
『ンベェッ』
あ、こいつ笑いやがった。
くっそー。
『ルークっ、ルークっ、おかえり。ねぇいつ島に帰るの?』
どてどてとゴン太が歩いて来る。
背中に翼はあるが、まだ小さくて飛べない。
歩く姿は、まるでペンギンがパタパタ歩くあれみたいで可愛い。
「ゴン太、ただいま。そうだなぁ、移住の書類手続きを済ませなきゃならないからなぁ」
『人間って面倒くさいんだねー。あぁあ、ボク早く島にお引越ししたいなぁ』
留守番の間に、シープーたちから島の話でも聞いたかな?
『島は小さいようだが、山があるのならそこに棲みついてやろう。そしてダンジョンへとやってくる冒険者に、入るに相応しいかどうか我が試練を与えてやる!』
「おい、そんなことしたら、誰もダンジョンに入れなくなるから止めろっ」
『はっはっはっはっは。冗談だ』
ドラゴンが冗談言うのやめてくれっ。
「我が国への移住の手続き書類は既に用意されているはずだ。城に行けば、すぐ済むだろう」
「それは助かります。何から何まで、本当にありがとうございました」
「礼を言うのはこちらの方だ。ただ……いろいろ申し訳ない」
王子はエアリス姫をちらりと見てそう答える。
「行くと言い出したら切りが無くて……」
「あ、はは。はははは……」
そのエアリス姫は、シアと一緒にジーナを懐かせようとしている。
この二人、仲が良いのか悪いのか、さっぱりだな。
「ゴン蔵とゴン太、ジーナとそれにエアリス姫が加わって、賑やかになるな」
『まだ賑やかになるぞ』
『賑やかになるね~』
「ん?」
ゴン蔵親子がニマァーっと笑う。
「まだ?」
『そう、まだだ』
『お迎え、来てないのだ~れだ』
お迎え?
あぁ、そういやキャロとニーナがいな……いぃ!?
「ま、まさかボス!?」
『ベ、ベベベ、ベェ』
『ご懐妊だ』
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夜20時に3章(第一部)完結話を更新します。
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