第12話:オーク母子1

「ルークエイン。エイィーン! 呼んだら10秒以内に来るざますっ」


 ルークエインの成人の儀が終わって何日も経つが、未だにローンバーグ婦人はルークの名を呼ぶ。

 それが当たり前の日常になっていたから。


「奥様、ルークエイン様はここにはもういらっしゃいません。ルークエイン様は成人の儀のあの日……」


 そう言って侍女が俯く。


「ルークエイン様の乗った馬車が崖から転落し、ご遺体も見つからないまま……うぅっ。申し訳ございません」


 侍女の言葉を聞いて侯爵夫人の表情が硬直する。


「そ、そうだったざますわね。か、かわいそうなルークエインざます。あたくしと同じ馬車に乗せていれば、こんなことにはならなかったざましょー」


 白々しい。実に白々しい。


 ルークエインの乗る馬車が転落した──というのは真っ赤な嘘。

 なんとしてでも彼を死んだことにしたい侯爵夫人が考えた嘘だ。

 既に死亡届も提出し、ローンバーグ侯爵家の子はエンディンただ一人となっていた。


 だが幸いなことに、今この部屋にいる侍女は勤務歴一カ月の何も知らない者であった。

 侯爵夫人の言葉を信じ、涙まで流している。


「あぁっ。もうあーったは戻っていいざますっ。変わりにジョバンを呼んでくるざますよっ」


 ルークエインをかわいそうなどとは思っていない。彼を奴隷商人に売り渡したのも侯爵夫人なのだから。

 事実を知らない侍女はルークエインの死を嘆く。

 それが侯爵夫人にとっては癪に障るようだ。


「は、はい。執事長様ですね。た、ただいまっ」


 怒鳴られてビクりと体を震わせた侍女が、慌てて退室する。

 暫くして執事長のジョバンがやって来ると、侯爵夫人は顔を真っ赤にしてこう言った。


「フルーツざます! フルーツ盛りを急いで持ってくるざますっ」


 フルーツ──その単語を聞きつけ、息子のエンディンがどすどすと廊下を踏み抜く勢いでやって来た。

 普段は決して動こうとしない親子だが、こと食となると話は別だ。


「ママーン! ぼ、僕ちゃんの分はどこじゃーんっ」

「あぁ、あたくしの可愛いエンディンちゃん。ジョバン! 何をぐずぐずしているざますかっ。早く行くざますよっ」

「か、畏まりました奥様」


 ジョバンは思った。


(ルークエイン様がいなくなって何日になるか……。誰も世話をしていない果樹園に、果物は実っているのだろうか……)


 ジョバンがガラスハウスへ行くと安堵することになる。

 果物は実っていた。

 適当に色の良さそうなものをもぎ取り、ハウス内にあった籠に入れて厨房へ。


「ジョバンさん……こいつはあまり熟れてねえなぁ」

「そうか? 色艶はいいと思うのだが」

「まぁ普通・・ってところかねぇ。ルークエイン様が持ってくる果物は、飛び切り熟れてて、まさに今でしょ! ってヤツばっかりだったんだが」

(ルークエイン様は果物の食べごろを見抜く才でもあったのだろうか?)


 首を傾げつつも、ジョバンは取って来た果物でフルーツ盛りを作るよう命じた。

 

 出来上がったソレを持って侯爵夫人の部屋を訪ねる。

 ノックをする前から彼の背中には冷や汗が流れていた。


 完全シンクロした二つの地鳴りが聞こえているのだ。

 地鳴りに合わせて振動が伝わる。


(どこまでぶくぶくと肥えるつもりなんだこの親子は。本当にオークになるつもりか?)


 そんな心配を胸に、ジョバンは扉をノックした。






 その翌日。

 侯爵家をクビになったジョバンが、荷物をまとめて出て行った。

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