第98話
悲鳴が聞こえ駆け付けると、向こうから冒険者が走って来た。
「ご、ご領主!?」
「逃げろっ。スタンピードだ!!」
「スタンッ──」
駆けてくる彼らの後ろから、黒い影が迫って来る。
スタンピードとは──
大量のモンスターが大行進する現象。
ダンジョンでも地上でも起こりうる現象だが、そう滅多に発生するものじゃない。
それが目の前で!?
アイテムボックス袋に手を突っ込み、掴んだ石を投げる。
そう狭くもない通路を押し合い圧し合い、競うように突進してくるモンスターたち。
慌てて投げた石は狙いが完全に外れて壁にぶつかった。
「しまっ──ってなかった! 今だ、逃げろっ!」
どの石かなんて確認しないで取り出したそれは、ボスの『ニードルクエイク』を付与した石だった。
壁にぶつかっても関係ない。その壁から巨大な岩の針が飛び出し、モンスターに突き刺さると同時に進行を妨げる障害物となる。
「十秒もすれば岩も消滅する。その間に少しでも遠くへっ。七階に引き返せ!」
七階まで来たら、奴らは上がって来るだろうか?
一瞬しか見てないが、スタンピードの中に八階に生息していなさそうなモンスターの姿もあった。
下の階からも来ているってことになると、もしかすると七階にも……。
「足に自信のあるやつは先に七階へ行けっ。休憩所で休んでいる冒険者と、それから地上に出て入口にいる連中も呼んでくるんだっ」
「階段で仕留めるんですかっ」
「そうだっ。万が一元ボス部屋を突破するようだと、そのまま地上まで目指すことになるだろう。それだけはダメだ。絶対に!」
階段は通路よりも狭い。しかも上と下からなら、上に陣取った方が有利だ。
叩けるときに……叩く!
そう説明した矢先。
「きゃっ」
小さな悲鳴が聞こえ、斜め前を走っていたエアリス姫の姿が消えた。
いや、倒れた!?
全力で走っていたせいで一瞬で彼女を追い抜き、急停止する。
振り向き、「姫っ」と叫んだ時には、『ニードルクエイク』の隙間から出てきた小型モンスターが迫って来ていた。
あれぐらいなら!
「ダメッ。逃げてルーク様っ。わたくしのことは置いて行って!」
「置いてっ!? 行ける訳、ないだろうがぁ!?」
パチパチとも、ボゥッとも。
音を発し、ミスリル・ソードを一閃。
小さいだけあって、剣先に触れた程度で消滅するモンスターたち。
「エアリス立つのぉ」
「シア、あなたまでっ」
「ルーク男爵!?」
「行け! 行って七階で迎え撃つ準備をしろっ。こっちは付与石でなんとかするっ」
袋から付与石をがっつり掴んで、まずはポケットの中へ。
「シア、姫を連れて下がれっ」
「ウーク、ダメッ」
「ダメじゃな──ちっ」
スタンピードはダンジョン全体で発生しているのか!?
シアたちの後ろにある交差点になった所から、何体ものモンスターが現れる。
一部が冒険者を追いかけ、一部がシアたちの方へ。
「シア、倒せるか?」
「シア頑張ぅ!」
「姫、ポーションです。予備も預けます。二人がけがをしたら飲んでください」
「は、はいっ」
「二人は後ろから来るモンスターをっ。俺は前を食い止める!」
小型以上のモンスターも押し寄せてきた。
チラりと手の中の石を確認し、もう一度ニードルクエイクの石を前方の壁に向かって投げた。
一瞬奴らが止まる。その隙に後ろを振り返り、二人のずっと奥の天井に向かって、同じくニードルクエイク石を投げた。
これで一度に相手にするモンスターの数を減らせるはずだ。
そして向き直り、隙間を縫って出てきたモンスターを斬る。
ファイア石、氷石、ホーン・デストラクション石。
とにかくじゃんじゃん投げる。
たまに何も起きないのは、ライトニング・トールだろうな。
数が多いので、付与石を掻い潜って接近する奴はミスリル・ソードで斬り倒す。
右手で剣を振り、左手で石を投げる。おかげでコントロールが悪い。
「二人とも大丈夫か!」
「シア、大丈夫!」
「平気ですっ」
それでもやっぱり心配で、ニードルクエイク石を投げて出来た一瞬の隙を見計らって後ろにも石を投げつける。
後ろからの敵はやや少なかったのか、少しずつ後退することが出来た。
少しずつ……少しずつ。
その間も前から押し寄せてくるモンスターを斬っては石を投げつけ殲滅し、時には押し返して薙ぎ払う。
何体倒した?
いや、何百体?
だけど不思議と息切れはしない。
じつは思っているより全然倒してないのかも?
いや、敵が弱いのかも?
じりじりと下がりながら、前に後ろに石を投てげモンスターの数を減らしていく。
斬って、投げて。斬って、投げて。
階段までもうすぐっ。
階段が見え、数体のモンスターが今まさに冒険者の手によって倒されるのが見えた。
「ご領主様!?」
「男爵っ、ご無事でっ」
「あぁ、後ろからどんどん来るぞっ。迎え撃て!」
「「え?」」
階段を駆け上がると、冒険者が俺を見て呆けていた。
「スタンピードが来るんだぞ!」
剣を持った男がひとり、俺の横に立つ。彼は階下を見て、一度だけ剣を振った。
「スタンピード、今終了っすね」
「へ?」
振り返った階段下から這い上がって来たのは、今の一匹だけ。
おそるおそる下りて行って通路を見たけれど……追いかけてくるモンスターの姿はない。
あるのは光の粒子となって消えていく屍が、そこかしこに転がっているだけだった。
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