第210話:大決戦

 ずどぉぉおぉーん──っと空から降ってきたハンナは、きらきらと陽光を反射させて神々しくもあった。


 聖母。


 そう言っても過言ではないほど……


「いやなんでハンナがここにいるんだよ! え? 角シープーって空飛べたっけ?」


 思わず空を仰ぐと、見慣れたシルエットが。


「ゴン蔵……」


 巨大な蒼銀色のドラゴンが飛んでいた。

 それが風もなく舞い降りてくる。


『ルークよ、お主……何をやらかした?』

「まてまてまてまて! やらかしてるのお前だからっ」

『──まら』

『わぁ、みんなも遊びに来たんだぁ~』

「まてまてまてまて!ボリス、遊びに来たって言ったか? 遊びじゃないんだぞお前! いやその前にみんなって言いましたか? ねぇ、みんなって!」


 何が何だか分からず、こっちがパニックになっている間にも、ゴン蔵の背中から角シープーたちが下りてきた。


 ボス、キャロ、ニーナ、シーナ。それに子供のニース、ジーナ、キャロル、キャスバルまで……。


「おいボス!」

『……ぅ』


 なんだよ。なんで目背けてんだよ。

 なんか小さくなった? ボス小さくなった?

 体格じゃなくって、存在感が。


『あなたがアルゲインさんね? 夫から聞きました。ロクでもない馬鹿な夫ですけどね、それでもうちの子にとってはたった一頭の父親なのよ! それを奪おうとするなんて、あなたには他者を思いやる心がないのですか!』

「ひ、ひぃ!? だ、大地の幻獣角シープーがここにも!?」

『おい──』


 ハンナさん……なんで進化してるんですか?

 しかも、


『しかも父親を助け出そうと必死に頑張っている子供たちを襲ったそうじゃないですか? それでもあなたは大人なんですか! 自分が恥ずかしいをお思いにならないの?』


 めっちゃ……めっちゃ説教してるし!?

 蹄ガシガシ踏み鳴らしてアルゲインに説教をはじめたよハンナさん!?


「ボ、ボス。ハンナはいったいいつ進化したんだよ」

『……今』

「今って!?」

『聞けよ』

『はっはっはっは。母は強し。息子がピンチだと知って進化したのだろう。わしも肝を冷やしたぞ。突然わしの背から飛び降りたのだからな』

「ってかなんで一家総出で来てんだよ! おいゴン蔵!!」


 あ、こいつも目を背けやがった。


『わぁーい。ボリス来たよぉ~』

『ゴン太! え? え? じゃあクラ助とケン助は?』


 ちょ。ゴン太までいるじゃないですか。

 やめてくれ。

 クラ助ケン助まで来てるなんて言わないでくれ。


『ク美おばちゃんと一緒に海から来るよ』

「わあああぁあぁぁぁぁぁぁ!?」

『──ら』


 海って、海ってぇぇ!?


 今グインゴーニャの海軍の船がいっぱい来てるんじゃねぇか!?

 そんな中にク美が現れたら……


 ク美!?

 ク美!?

 ク美イィィ!!


「頼むから海軍の皆さんを全滅させるのだけは止めてくれぇぇぇっ」

『安心せい。半滅ですんでおる』

「ぎゃああぁあぁぁぁぁーっ!? よくないわあぁぁぁっ」


 国際問題だ。

 国際問題に発展する!


 い、いやでも待てよ。

 もとはといえばグインゴーニャがディトランダを襲撃するために海軍を寄こして来たんだ。

 こ、これはトロンスタがディトランダを援護したってことで、なんとかなる?


 なんとか……なんとかなることを祈ろう!

 そうしよう!


『きさ……まら……よくも……よくもこのわたしを無視しおって!』

「『ん?』」


 俺とゴン蔵が振り向く。

 そこには白っぽいはずの怨霊の塊が、やや赤く染まって見えるリッチ・メッサの姿があった。


 あ、すっかり忘れてた。


『すっかり忘れておったわ』

『くっ! 下等な蜥蜴風情が、不死の王たるわたしを愚弄しおって!』

『あぁ?』


 ざわり──効果音が存在していたら、きっとそんな感じだろう。

 一瞬にして風の向きが変わり、辺りの温度が急激に下がった。

 場の空気が冷えたとかそんなんじゃなく、本当に寒い!!


『さ、みんな。ここから離れるぞ。ゴン蔵おじさんが本気になるからな』

『『はーい』』『『ンペェー』』

「え、ちょ。ゴン蔵おじさんが本気って? え?」

「ウーク、行くぉ」

『さぁあなたたちもいらっしゃい! 続きはあっちでしますからね!!』

「「ひぃーっ」」


 え? え?

 何がはじまるってんだ?


『たかが亡者の掃き溜めの分際で、このわしに喧嘩を売ろうなど、千年早いわ!!』

『貴様こそたかが蜥蜴ではないか! ドラゴンだからなんだというっ。不死の王こそ最強! わたしは死なぬ。死なないから不死の王なのだからな! はーっはっはっは』


 なにこの怪獣大決戦状態!?


 ボスに無理やり跨らされて外壁までやって来ると、その城壁の上でも呆気にとられた兵士やら冒険者、そして住民の姿が見えた。


「おぉーい、ご領主ーって、ボスがなんでここに?」

『遊びに来たんだよー』

「ぶっ。ゴン太まで来てるのかよ!」


 ラッツたちが外壁の上から声を駆けてきた。

 遊びに──そう言ったゴン太は、今角シープーの女性陣から睨まれ、小さくなっている。

 きっと『ルークを助けたいんだ!』とか『ボリスを助けるんだ!』とか騒いで連れて来て貰ったんだろう。

 こりゃ島に戻ったら怒られるだろうなぁ。


 ゴン蔵とリッチ・メッサに注目していた兵士がようやく気付いてくれて、どうしたもんかと悩んでいたようだけどなんとか中に入れて貰えた。

 角シープーの一団、そして小さなドラゴン。

 注目されない訳がない。


 視線を一身に受けながら外壁を上り、北にある海側を見る。

 うん、見えない。お城が邪魔で見えない。

 ただ見えるものもあった。


 遠くに黒煙が上っているのが見えるんだ。


 お城から海まで1kmもない。

 そして黒煙は海のある方角から、遠く霞む程度に見えている。


 つまりどういうことかっていうと。


「あー、ご領主。さっき北の兵士からの報告で、海上に巨大な魔物が現れたって……んでグインゴーニャの海軍の船が大砲ぶっ放したそうで」

「ク美……怒ったんだろうな」

「あぁ……やっぱそうっすか。いや、うん。ゴン蔵さん来てるから、もしかしてーとか今思ったんすけどね」

「来てるって……クラ助とケン助も一緒に」

「そりゃあ怒るわねぇ。息子が大事ですもの」


 だ、大丈夫だよな。

 ディトランダ王国を守るためにとか、適当に嘘ついてればきっと……大丈夫、だよな?



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る