第196話:たまには剣も使ってみる

「追加出たぞ!」


 何度目かになる声が聞こえた。


 取り巻きが多いという白銀冒険者の言葉が脳裏を過ぎる。


 うん。多いね。

 それも納得のボスだ。


 地獄の女王蟻ヘル・クィーンアントがここのボスだ。

 核を再生して復活した女王蟻は、最初から三十体の兵隊蟻を従えていた。

 何も知らず俺たちだけで挑んでいたら七対三十一でめちゃくちゃ焦ったかもしれない。

 ギルドマスターと白銀パーティーで六人。彼らが加わって十三人だけど、それで殲滅が追い付いき、女王蟻に攻撃を入れる余裕も出来た。


「こいつはなぁ、金級でも十人はいないときついボスなんだよ」

「強さだけでいえば銀級でも余裕で倒せるレベルなんだけど、なんせこの数だ。人数がいないと金級でも押し負けることがある」


 と、笑みを浮かべて白銀様は仰る。さすが余裕があるなぁ。


「はっはっはっは。雑魚雑魚雑魚雑魚雑魚ぉぉぉぉっ」

「じゃあホーク。お前がその雑魚全部抱えててくれよ。そうしたら俺たちが女王蟻を仕留めやすくなるからさ」

「……ごめんラッツちゃん。一緒に殲滅手伝って」


 あー、うん。こっちの金級様も余裕そうだ。

 しかし雑魚と言っても、1メートル半もある皮膚の硬い蟻だぞ。クワガタかよってぐらい大きな顎をジャキンジャキン鳴らし、しかも毒性の唾液垂らしてるしよぉ。

 そんなのが常に二十体ぐらい湧いてるんだ。

 とんでもねーっ。


 そのとんでもない兵隊蟻を、白銀も金も、一刀両断しまくっている。

 こいつらもとんでもねー。


『んぺぺぺぺぇぇー。どっかーん!』


 あととんでもねー羊もいた。

 硬い蟻をもろともせず、頭を下げてそこかしこに突進していく白い塊。


「ちょっ! こっちくんな!!」


 突進する方向も適当なんで、時々直線状に見方がいたりするけどお構いなしだ。

 幸い、今のところ誰も巻き添えを喰らっていないけど。

 案外ボリスのやつ、ここにいる連中の実力をちゃんと知っていて、信用してるってことなのだろうか?

 正直こっちに来られると溜まったもんじゃないけど。

 俺は金級や白銀級とは違う。俺に向かってこないってことは、やっぱりそういうことなのかもしれない。


『いっくよーっ!』

「ぎゃああぁぁぁーっ! こっち来んなボリスうぅぅぅぅ」


 前言撤回。やっぱり適当だあぁぁぁーっ!

 ギリギリのところでボリスを躱すが、躱せなかった兵隊蟻が宙を舞う。


 南無。


 どんなに数を減らそうと、兵隊蟻はすぐにリポップしてくる。

 まぁ後ろで女王様がせっせと卵産んでやがるしなぁ。十秒ぐらいで一個産み落とし、産み落とされた瞬間に兵隊蟻は卵から出てきている。

 だから女王の周りは兵隊蟻だらけで、なかなか刃が女王まで届かない状態だ。


「遠距離攻撃は?」

「矢は残念だが役に立たない。あの皮膚の強度だからな」


 白銀冒険者が申し訳なさそうにそう言うのは、マリーナさんに配慮してのことだろう。

 実際、マリーナさんの弓矢では、兵隊蟻を倒すのですら苦労している。

 関節は比較的弱いようで、当たれば突き刺さる。

 だけど刺さるだけだ。

 蟻の巨体に矢が刺さっても、それだけでは倒せない。せいでい動きを少しだけ鈍らせる程度だ。

 まぁ鈍らせるだけでも、他の冒険者にとってはありがたいんだけどもね。


 そして俺はというと──


 敵の数が多くてうかつに石が投げられない。

 久々に剣で戦っているけれど、シアと二人でも一体倒すのに少し時間がかかる。

 ラッツやホーク、白銀冒険者のように一刀両断は出来ない。

 筋力ステータスには自信あったのになぁ。

 何がいけないんだ?


「ご領主。剣術の基本はできていますけどね、あなたの剣は型にはまり過ぎなんですよ」

「それがダメなのか?」

「ダメというわけじゃねーよ。けど敵によって戦い方は変えなきゃ一流にはなれねーぜ」


 ホークはそう言うけど、一流の冒険者を目指している訳じゃないしなぁ。

 けど、言われて気づいた。


 ラッツやホークたち一刀両断組は、全力フルスイングしている。

 正直、あれでミスったら態勢を崩すし、その後のことを考えると俺には出来そうにない。


「ご領主。刃を垂直にするんじゃなく、斜めに滑らせる感じで。あとは勢いとパワーです」

「いや、でもそれさ。硬い皮膚に弾かれたら、めちゃくちゃマズいだろ?」


 体制を崩したところで、あの強靭な顎に掴まって死ぬんじゃ?


「まぁ確かにそうですけどね。そこでやれるかやれないかで、出来るかどうかが変わってきますよ」

「気持ちの問題ってこと?」

「ご領主はステータス的には十分、出来る数値をお持ちのはず。あとは勇気を出せるかどうかですよ」


 とラッツは言うけれど……斜めに滑らせるねぇ……。


『カッカッカッカッカッ』


 兵隊蟻が嘲笑うかのように俺を見る。

 なんかムカつく。


「ウーク、シアがいうよ!」

「シアがいく?」

「ちがーっ。シア、ウークという!」


 う=る。

 俺といる?

 シアがいるよ?


 あ、そうか!


「サンキュー、シア。じゃあ失敗した時は頼むな!」

「うん!」


 そうだ。

 俺はひとりじゃない。シアが傍にいてくれる。

 ボリスは……その辺走り回っているな、うん。


 斜めに滑らせる。斜めに……斜めにスライス!


「はあぁぁぁっ!」


 そぎ落とす。それをイメージして蟻の頭部を狙った。

 すると、思いのほかあっさりとスライスに成功!


 が──


「あ、薄すぎた」

『ンギョアアアァァァッ』


 スライスハム過ぎて致命傷にもならず、ただ怒りを煽っただけになってしまった。

 が、そこへシアが飛び込んできて、スライスされた皮膚にクロウを深々と突き刺す。


 硬い皮膚が削がれたことで、刃があっさり通るようになったんだ。


 シアの一突きで兵隊蟻は動かなくなった。脳の中枢にでも突き刺さったんだろう。


「よし、次行くぞ、シア!」

「おおぉー!」






 コツを掴むと、三回に一回は一刀で兵隊蟻を倒せるようにもなった。

 シアはアイスボルトで蟻の足を凍らせ、動きが鈍ったところで俺がぶっ倒す。

 兵隊蟻の殲滅速度が上がって来ると、焦った女王蟻が体を持ち上げ攻撃してくるようになった。


 が、ある意味それが運の尽きだっただったのかもしれない。


「ご領主! あれなら石を投げやすいでしょうっ」

「お、確かに! おっしゃ、喰らえ!!」


 投げるのはボスのホーン・ディストラクション。これなら極小範囲にしか被害は出ない。

 ラッツたちが白銀冒険者に声を掛け少しだけ下がらせると、俺は小石をいくつかまとめて投げた。


 ズガァーンっと音が響き、女王蟻の腕が吹っ飛ぶ。


『ギヤアァァァァァッ』

「じゃんじゃんいきまーっす!」


 石を投げられなかったこれまでのストレスを発散させるように、俺は投げまくった。

 ポーチに手を突っ込み、掴めるだけ掴んでばーんっと投げる。

 女王の手足がどんどん吹っ飛び、胴が破裂、頭も飛んでいくと、ずどぉーんっとその巨体が横たわる。


 しまった……ちゃんと狙って投げるんだった。


「ご領主……ちょっとエグすぎやしませんか?」

「ごめん……俺も後悔してるよ」


 そこかしこに飛び散った女王蟻の肉片というかなんというか……あぁ、早く光になってダンジョンに吸収されてくれ。


 おえっぷ。

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