第82話

 ロイスと弟子の、こちらも魔導師だという中年の男。この二人は魔法を詠唱し続けていなければならないらしい。

 王都から港町まで魔導転送装置で移動し、そこから船でこの島へ。

 だが移住者を乗せるための船だったので、町で二泊したそうな。


「当然寝てないのです、ロイス様とテトンツァ氏は」


 そう話すのはトロンスタのダンジョンにも参加していたロイスの弟子で、三十歳前後の男だ。


「はぁ……ずっと詠唱し続けないといけない理由は?」

「魔導通話や魔導転移の装置は、二つがセットになって意味をなす魔法です」

「えぇ。それは本で読んだので知っています」

「そうですか。設置方法は?」


 尋ねられて首を振る。そこまでは本に書いてなかったし、調べようとも思わなかった。


「この二つの魔法は、片方ずつ設置というのは出来ないのです。あぁ、説明が難しいな……」


 教えて貰っている間、実は俺たちはゴン蔵の掌の上にいる。

 急いでほしいというので、ゴン蔵を呼んだんだ。


『二つというから分かりにくくなるのだ。ほれ着いたぞ』

「ありがとうゴン蔵。二つじゃなくって、なんて言う?」

『二カ所だ。二カ所に設置することで発動する魔導転送はな、まず片方に魔法陣を設置する。設置といっても置くのではなく、魔法を発動して陣を描くのだ。そしてその陣を描くときの呪文を絶やさぬまま、もう片方まで行って同じように陣を描かなければならぬのだ』

「そ、そうです! さすがは氷竜様」


 褒められてまんざらでもない様子のゴン蔵。


「"言霊をおぉぉぉぉっ"」

「はっ。そうでした。男爵、お屋敷はどこでしょうか? 魔導装置を設置する場所は領主の館がよろしいと思うのですが」

「え……まだない」

「"媒体にいぃぃぃぃ!?"」


 ロイスの奴、詠唱しながら抗議の声を上げているな。器用な奴だ。

 

「ルーク様。お屋敷の形だけは出来上がっておりますわ。二階の一部の床板がありませんが、出来ている部屋に設置させればよろしいかと」

「出来てるの、エアリスの部屋だけだおぉ」

「……ど、どうしましょう。わたくし、角部屋がよかったのに」


 部屋割りは左から順に、エアリス、俺、執務室、シアとなっている。

 姫による部屋の分配でこうなった。


「うぅん、どうするか──と、とりあえず屋敷まで行こうか」


 ロイスの目が血走っている!


「そ、そうですわね」

「お、お部屋、交換すればいいぉ。ね?」


 俺たち三人はロイスの無言──いや呪文の圧に気づいて駆け足で建築途中の屋敷へと向かった。


 屋敷と言ってもそれほど大きくはない。

 一階には広い食堂と、騎士が寝泊まりする宿舎を兼ねている。

 二階には俺たちの部屋と、廊下を挟んだ向かい側には屋敷で今後雇うことになる人たちの部屋と、姫付きの護衛騎士、一階に入りきれなかった騎士の部屋だ。


 生活感しかしない屋敷になっている。


 が、まだ未完成だ。


 そこへロイスたちを案内し、中で作業をしていたドワーフに声を掛けた。


「二階、どこまで終わってる?」

「あ、ご領主様。二階ですかい。えぇーっと」


 ドワーフを一緒に二階へ上がると、なんと俺の部屋の床板が一部張られていた。


「あ、じゃあここに設置します。よろしいですか?」

「え……でもここ、俺の部屋……」


 部屋の中に魔導転送はしてきて欲しくないな。寝てるときに突然やって来られたら困るし。魔導通話もそうだ。

 

「なんです、設置ってのは?」

「あぁ、魔導通話と魔導転送の設置のことなんだ」

「あぁ、なるほど。で、ご領主様はご自分の部屋にそれは置きたくないと?」


 うんうんと頷く。だけど背後から殺気にも似た気配が感じられた。

 それはドワーフ職人にも分かったのだろう。ちょっと青い顔をしてある提案を出してきた。


「さ、幸いまだ壁は造っておりやせんし、ご領主様と執務室の位置はずらせます。姫さんの部屋の隣、ここを執務室にしては?」

「あ、そうだな。うん。そうしよう。ロイス、そこの床に──そうだな、転送はあっちの壁際に。通話は少し離れた位置──え、テーブルか何かの上に置く?」

「あぁ、だったら丁度いいのがありますぜ。ほれ、ご領主が言っていた三段ボックスとかいう」

「あぁ! うん、高さとしては丁度いい。それにしよう!」


 慌ててドワーフ職人が部屋を出ていく間に、中年の魔導師が指示した場所に立った。

 そして今まで唱えていた呪文の内容が少しだけ変わると──彼の足元に直径1メートルぐらいの魔法陣が完成した。

 彼は魔法陣から出るとすぐ、その場にへなへなと座り込む。


「シ、シアッ。何か飲み物を持って来てやってくれ。あ、甘いのがいいかもな」

「うんっ」


 俺の言葉を聞いて、魔導師の男が疲れ切った顔で頷く。喋る元気もないようだ。

 ドワーフの職人がどたどたと三段ボックスを担いで戻って来た。

 きょろきょろして、完成した転送魔法陣から2メートルほど空けて三段ボックスを置く。

 すると今度はロイスと、もう一人の弟子の魔術師がそこへと向かった。


 弟子の魔術師が背負い袋から両手で包むほどの水晶玉を取り出し、ふかふかのクッションを先に敷いてその上に置いた。

 で、ロイスが水晶に手を乗せ、やはりこちらも今までの呪文とは違う内容を唱えた。


「"奇跡をもたらすマナ──時空を介し──言霊を届ける媒体となりて、水晶に封印する──"」


 水晶が輝いた。

 これで魔導通話の完成らしい。


 ロイスもその場に座り込み、それから「がんぜい、でず」と。


 うん、お疲れ様。


 飲み物を持って戻って来たシアは、ちゃーんとロイスの分も持って来てくれていた。

 うーん、感心感心。


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