第44話


『小さき者よ、何故お前は我を助けた?』


 ドラゴンは口を動かすことなく喋っていた。

 念話だ。


「何故って……こいつが走り出したし、それに──」


 チラりとドラゴンの翼の下を見た。


「俺には子供はいないが、親を失った子供の気持ちは分かる」

『……失ったのか』

「あぁ。生まれてすぐな。立場は違うが、お前はその子を助けたかったんだろう?」


 翼を指さして言う。


「だけど……その子、どうしたんだ? 本で読んだが、ドラゴンの鱗というのは、色が濃いほど健康状態がいいってあったが」


 光を反射し、銀にも蒼にも見える美しい鱗が特徴なのが氷竜だ。

 けど奴の翼の下には薄い上に淀んだ色の鱗が見える。

 奴の鱗ではないのは一目瞭然だ。


「その子の母親……あ、声からしてパパのようか」

『パパ?』

「そう。父親のことだ。えっと、お、雄……ですよねー?」

『何故突然へりくだる。確かに我は雄だ。雄のことをパパと呼ぶのか?』

「い、いやそう言う訳じゃないんだ。子を持つ雄のことを、パパとかお父さんって呼ぶんだよ」


 ドラゴンはじぃっと俺を見つめ、それから──『パパ』と呟くように言った。

 え、もしかして我が子にパパって呼ばれたいとか?


「失礼かと思いましたが、お話は聞かせて頂きました。猛き氷竜よ!」


 俺たちの会話を聞いて安心したのか、エリオル王子が出て来たか。

 一応ロイスとアベンジャスがぴったりくっついているけど。


「私はトロンスタ王国の第一王子エリオル・トロンスタ。先ほどの部下の無礼、お許し頂きたい」

『……我とて人の領域に無断で侵入した。許せ』


 警戒していた騎士や他から「おおぉ」という感動にも似た声が上がった。

 ドラゴンが他種族に対し頭を下げるなんて、思ってもみなかったな。


「ルークエイン、いいだろうか?」

「どうぞ」


 わざわざ俺に断りを入れ、王子がドラドンの正面に立つ。


「ルークエインとの会話を聞く限り、あなたのお子は怪我か何かで動けなくなっておいでか? もしそうであれば、我々の持つポーションをお分けできますが」

『怪我ではない。ひとの子の王子よ。我が子は……死の病を患っておる』

「死の?」


 ドラゴンも病気に罹るのか?

 俺の驚きはその場にいた全員の驚きでもあった。


「それはどんな病ですの?」

「エリーっ」


 いつのまにやら女騎士に支えられ、エアリス姫が来ていた。


『聞いてどうする、人の子の姫よ』

「え? どうしてそれを」

『王子と同じ血の匂いがしておる。分からないでか』


 それって美味しそうな血の匂いとか、マズそうな血の匂いとか、そういうの?


「お兄様と……そ、そりゃあ兄妹ですもの、当たり前ですわよね」

「エリー。話がややこしくなるから、お前は控えていなさい」

「いいえ! 病を患っている我が子を連れてここにいるということは、きっとこの方も求める物は同じだと思うのですお兄様」

「あっ!? そうか、そういうことか」


 なるほど!

 え、じゃあこのドラゴンは、ダンジョンの最下層でエリクサーの素材が手に入ることを?


「あなた様が求めていらっしゃるのは、エリクサーではございませんか?」

『……その通り』

「ではわたくしたちと一緒ですわね。わたくし、腐死病を患っていますの。それでエリクサーが必要なのですわ」


 腐死病……たしか本で読んだな。

 体の内側から少しずつ腐っていく病……え!? ひ、姫がその病気に?

 信じられない。外見上は、特にどこも悪くなさそうに見えるけども。


 いや、内側から腐るというなら、見えなくても当たり前なのか。

 そんな病に罹っていたとは。

 腐死病に治療薬はない。エリクサーが最後の頼みってことか。


 姫の言葉を聞いたドラゴンが、動揺しているようにも見えた。


『腐死病……なんという巡り合わせか。我が子と同じ病で苦しむ人の子に出会うとは』

「え!? あ、あなたさまのお子様も、わたくしと同じ!?」


 ドラゴンが翼を広げ、そこに匿っていた我が子を晒した。

 蒼銀を薄めた、されど淀んだ色の鱗を持つ子竜。

 瞳はぎゅっと閉ざされ、苦しそうに体を震わせていた。


「わたくしより進行しているようですわ」

『もう長くは持たぬ。あと三月みつきもすれば……』

「そんなっ」


 姫は小竜に駆け寄った。そして苦悶の表情で目を閉じた子竜の頭を優しく撫でる。


 いつもツンツンしているエアリス姫が、あんなにも悲痛な表情で小竜に寄り添うなんて。

 いや、本当は優しい方なのだろう。

 死と隣り合わせの病に侵されても、そんな様子もみせず凛とした態度でいるのも、きっと周りに心配をさせたくないからだ。

 そして自分と同じ病に侵された小竜を、心底心配している。


 なんとしてでも手に入れよう。

 エリクサーを。


「ドラゴン。俺たちは姫の病を治すために、エリクサーを手に入れなければならない。お前の子供の分も用意するよ」

『な!? し、しかしこのダンジョンの核は──そうか、お前か』

「ん?」


 ドラゴンは愛おしそうに我が子を見た。


『古竜の幼体は、成体になるまでの間に、何度か予知夢を見る』


 え、古竜って……ドラゴンの中でも最上位の種族なんじゃ……うえぇい!?


『我が子が半月前に見た予知夢では、この地で我が人の子と笑い合っていたと言っていた』

「笑って?」

『そうだ。我が笑うのは、子の病が治るとき。その時しかない』



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