第194話:悪い人とそれに従う下っ端
時はほんの少し遡り、ルークたちが転送屋モリスンとであった頃。
遠く離れた島国の王城にて──
「なに。 コアを修繕している者を発見しただと?」
無数の本に囲まれた地下の一室で、男──メッサは部下からの報告に目を見開いた。
「まだ詳細は届いておりませんが、特殊な力でコアを修繕していたということに間違いはないようです。不思議なことに、地上の角シープーを連れてダンジョンに潜っているようでして」
「角シープーを? 召喚士なのか……しかし地上のモンスターがダンジョンに入るなど、珍しいどころではないな」
ダンジョンモンスターが地上に出れば死に至る。ダンジョンモンスターにとって、陽光と月光が肉体を溶かす光となるからだ。
そして地上のモンスターは、ダンジョンモンスターから産出されて魔石を燃やした際の煙を嫌う。
煙の臭いは地上のモンスターにとっては不快なものであり、眩暈や頭痛を引き起こす。
最強種族であるドラゴンでさえ、呆気なく弱体化させられるほどの効果があった。
もっとも、知恵のあるモンスターであれば、煙を向けられるよりも前に退散するか、煙の下をどうにかすることもできるが。
とにもかくにも、地上のモンスターにとって苦手な魔石の原産地であるダンジョンは、恐怖の対象でもあった。
(召喚士にテイムされたモンスターと言えど、ダンジョンに入ることを拒むはず)
実際にメッサの知人召喚士のモンスターは、主の命令であってもダンジョンにだけは入らない。
だからこそメッサはその角シープーに興味を覚えた。
そしてコアを修繕する人物にも。
「それと、修繕されたコアによって復活したダンジョンですが、どうやら階層が拡張されるようでして」
「拡張?」
「はい。今の所、全ての復活ダンジョンで、新たに地下が誕生しているとか」
「新たに……!?」
突然何を思ったのか、メッサは机の上に山積みになった本を手に取り「これじゃない。これでもない」と表紙を確認しはじめる。
そして目的の本を見つけると、ページを開いてにやりと笑った。
「古の迷宮が一度死したのちに蘇ったならば、その最も深き場所にて不死の王は蘇らん……」
ページに書かれた一節を読むと、メッサは狂ったように笑い始めた。
(あぁ、いつものご病気か)
と、部下は思う。
「はっはっはっはっはぁぁぁっ! そうか、そういうことか!!」
(どういうことなんだ。分かるように話せよクソが)
「くっくっくっく。ようやく謎は解けた。いや、そもそも深く考える必要はなったのだ。ただしそれが可能かどうか、それだけだったのだよ。分かるかね?」
(分かる訳ねーだろ)
と内心思いつつ、男は丁寧に「わたくしはメッサ様ほど賢くはございませんので」と答える。
満足気にメッサは頷き、それから支持を与えた。
「コアを修繕した者は殺すな。生かして捕まえろ。……いや、監視だけして、後は放っておいても構わない」
「よいのですか?」
「構わん。コアを修繕して回っているのであれば、いずれ我が目的のために働いてくれるだろう。それより──」
メッサはディトランダ王国の地図に目を落す。
王都のある位置には、赤いインクで丸印がされていた。
これまでコアを破壊したダンジョンのある位置にも、同じく丸印が付けられている。
「王都の最古の迷宮攻略に取り掛からせろ」
「もうですか?」
「そうだ! やるなら今だろ!!」
「しかし、ディトランダの弱体化は──」
「そんなものどうでもいい。我が目的を達することさえできれば、国の一つや二つ、簡単に滅ぼしてくれる」
目をギラつかせ、メッサは呪いの言葉を吐くように言い捨てる。
(あぁ、いつもの病気だからこりゃ)
そんなことを思いながら、部下は恭しく頭を下げて地下の部屋から出て行った。
彼の背中には、薄暗い地下で響き渡すメッサの笑い声が聞こえていた。
(はぁ……転職してーなぁ)
「へっへっへ。ではお気をつけていってらっしゃいませ」
薄暗い部屋の中に、数十人もの
部屋の中は更にいくつかのカーテンで仕切られ、その先の床には魔法陣が。
手もみをする男が部屋から出て行くと、冒険者らはいくつかのグループに分かれて、別々の魔法陣の前へと向かった。
「では向こうで」
「転移魔法陣を間違えて迷子になるなよ」
などと笑いあいながら、全員が魔法陣へと乗って消えた。
グインゴーニャ王国から最も近い大陸のトゥオルド王国に船で渡り、そこから闇商人が営む転移屋を使って各地へと移動。
闇商人にも目的地を詮索されないよう、グループ単位で目的地をバラバラにし、最終的にはディトランダ王国の首都ディトレイトへと集合する。
目的は、王都近くにある大陸最古と言われる巨大迷宮の攻略だ。
地下五十階からなる迷宮だが、途中の地下二十階と三十五階に転移装置が設置されている。
冒険者カードに記載されたランクによって、使える転移装置が決められていた。
地下三十五階に下りるためには、金級以上でなければならない。
彼らはグループ──つまりパーティーごとにそれぞれ行動し、冒険者ギルドで入場手続きを行う。
あくまで「見知らぬパーティー同士」を装って。
その為にも、全パーティーが一度に手続きには行かない。日を跨いでずらすことで徹底して、他人のふりを貫く。
まず先陣を切って地下三十五階の転移装置に乗ったのは、攻略団でも比較的若手のグループだ。
「ダンジョンボスがいるといいなぁ」
「は? 目的はそうじゃないだろ」
「いやいや、こんな機会滅多にないんだぜ? どうせならさ──」
「あぁ、それ分かるぅ。腕試ししたいじゃん?」
「……ま、まぁいたらな。邪魔になるし、排除するだけだから」
「やりーっ! 話の分かるリーダーで良かったぜ」
などと軽いノリで会話をしているが、彼らはれっきとしたグインゴーニャ王国兵だ。
その中でも精鋭を集めた特殊部隊員で構成されたチームで、ダンジョン攻略用に訓練も積んでいる。
これまでのダンジョンは、グインゴーニャ王国で雇った組織のメンバーがコアを破壊して回っていた。
しかしここ最古の迷宮は深く、規模も大きい。
更にその先に広がるであろう拡張ダンジョンのことを考え、メッサは王国兵の投入を開始したのだった。
彼らは知らない。
彼らの本当の役割を……
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