第32話


 町に戻って二日後。

 今日は天気もよく町の雪かきをした。宿から畑までと、宿から果樹園、そしてシープーたちの小屋まで。


「といっても、俺たちの出番はなさそうだな」

「すごーい!」


 妊娠中のシーナは大事を取って、暖炉のある俺たちの家で休んでいる。

 残りの大人四頭とボリスが二列縦隊でずんずん進むと、幅3メートルほどの道が出来上がった。

 ウールがびしょびしょになるんじゃないかと思ったが、雌シープーたちが歩く前に風の魔法で雪を吹き飛ばしているのが見える。

 ほんと、賢いよなぁ。


 それでも多少は濡れてしまうので、あとで食堂にある薪ストーブに火を点けてやって休ませてやらなきゃな。


 半日ほどで雪かきは完了。

 ストーブの前で体を拭いてやり、人参をご馳走する。もちろんシーナにもだ。


「ありがとうな、助かったよ」

「あいがとー」

『ンベェ、ベベェー』

「なんて言ったんだ?」

「んと、人参のため。って」


 まぁ……うん。そうだよな。

 果樹園からここまでだって、俺たちが人参を運んでやるための道だし、もしくは彼らが人参のために町までやってくるため。

 全ては人参なのだ。


 俺たちも昼食を終わらせ、午後から頑張って海岸まで雪かきするか。そう思っていると、その海岸方面から爆音が聞こえてきた。


「は? い、今のなんだ!?」

「がるるるるるっ」


 しかも爆音はずっと続いてて、段々近づいてくるうぅっ!


「モ、モンスターか!?」

「がうがうっ」

『ンベヘヘヘェ』


 俺とシア、そしてボスが飛び出して、近づいて来る爆音のする方角へと走った。

 それは海岸へと続く、あの石畳の敷かれた道のほうから聞こえてくる。

 遠くの森の木々が、音に合わせて吹き飛んでいるのが見えた。


「なんなんだよアレ」

「うううぅぅっ。魔法、感じる」

『ベェー』


 魔法!?

 それ欲しい!


『錬金BOX』を左手に持ち、『ニードルクエイク・ストーン』を右手に三つほど握る。

 さて、何が出てくるやら。


 見張り塔に身を隠し、待つこと十分。森の方から出てきたのは、人だった。

 しかもいっぱい。


「ちょ、マズいな」


 魔術師っぽい、ローブを着た奴らが複数いるじゃないか。それに全身に鎧を着た騎士みたいなのと、法衣を着た神官?

 全部合わせて三十人ほどだ。

 ん? あれはアグラじゃないか。まさか捕まったのか?


「おや。こんだけ派手な音を立てていれば、ビックリして出てきてると思ったんですけどねぇ」

「大丈夫。来ていると思うよ。さすがにあの爆音は無視できないだろう。そうだろう?」


 ……俺たちに言っているんだよな。


「え、来てますかい? おーい、ルークエイン様ぁー。こちらはトロンスタ王国から来た、使者の方ですぜー」


 トロンスタ王国って、アンディスタンのお隣の国じゃあ。

 じゃあ騎士っぽいのは、本物の騎士!?


「今から出ていきます。ビックリして攻撃しないでください。角シープーも一緒ですから」


 そう言って俺たちはゆっくり道のほうへと出て行った。


「アグラ、これはいったい?」


 そう尋ねると、彼は白い歯を見せ笑みを浮かべた。


「昨晩遅くに、トロンスタの海軍船が来ましてね」

「私のほうから説明しよう。ただ部下も疲れているので、休める所はないだろうか?」


 さっきアグラと話をしていた、俺と同年代ぐらいの少年とも呼べる者が笑顔を向ける。

 金髪碧眼と、絵に描いたような美少年だ。

 しかし騎士や魔術師、神官を部下・・と呼ぶってことは、確実に貴族階級だな。


「えぇーっと……あまり修復はしていない宿の食堂でしたら。あ、もちろん廃墟の宿です。俺たちが暮らすスペースだけ、整えてありますが」


 それも僅か一室だ。


『ンベェ』

「はっ。しまった。食堂にはシープーの女性らが休んでいるんだった」


 仕方がない。向かいの宿の食堂を使うか。あそこにも薪ストーブはあったし。


「シア。ボスと先に帰って、向かいの宿のストーブに火を点けてくれないか? あと少しだけ片付けてくれ。頼む」

「あい。ボスぅ、のーせーて」

『ンベェ』


 シアがボスに跨ると、あっという間に駆けて行った。

 それから一行をゆっくり案内する。


「いやぁ雪かきが完了していて、助かりました」

「あ、いや……これはほら、さっきのシープーが歩いた後なんですよ」


 雪かきといっても、幅1メートルほどの狭い道だ。今しがたボスが歩いて、その分の隙間が出来ただけっていう。

 それを聞いて、あの少年が笑う。


「角シープーは羊毛をもたらすだけでなく、雪かきまでやってくれる優秀なモンスターだったんだね」

「ま、まぁでも。羊毛が濡れると風邪を引くので、あとでしっかり体を拭いてやらなきゃなりませんよ」

「そうか。そこは人間と同じなのだな」

「えぇ。まさに同じです」


 そんな風に言ってくれるこの少年を、どこか俺は好きになれそうな気がした。

 そうして町まで到着すると、向かいの宿の煙突から煙が上っているのが見えた。


「あちらの建物です。ただあちこち傷んでいますので、足元には気を付けてください」

「八十年ほど、この島には人が住んでいなかったはず。仕方ないさ」

「ご存じでしたか?」


 全員が建物の中に入ったが、食堂は広いので狭いとは感じない。

 比較的軽装な騎士がひとりやって来て、俺に頭を下げた。

 

「ルークエイン様。お湯など頂けませんでしょうか? 殿下にお茶をお出ししたいので」

「あ、すぐ沸かしてきます。……殿下ぁぁぁ!?」


 俺が声を上げると、騎士は「マズイ」という顔になる。

 それから少年を見て、苦笑いを浮かべた。


「まったく……まだ名乗ってすらいないというのに。先にネタバラシをしないでくれるかな?」

「申し訳ありません殿下。日頃からの癖ですので」


 殿下……トロンスタ王国の王子ってことか!?


「申し訳ない。もっと良い雰囲気で自己紹介をしたかったのだけれど」


 良い雰囲気ってなんですか!?


「私の名はエリオル・トロンスタ。ヨロシク」


 何をヨロシクすればいいんですか!?


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