第8話

「はぁ……はぁ……この、船……引っ張り上げるぞ……」

「う……うぐぅ……」


 陸地に到着した。

 俺の視力でも見えるようになった陸地は島だった。

 やっとの思いで砂浜に上陸したのは、太陽が西の空に沈み始める時刻。

 島に到着する前に少女が魚をゲットしてくれていたので、今夜もとりあえずそれを食べよう。


 小舟を2人で引きずって波で流されない場所まで運ぶと、そのまま前のめりに倒れ込んだ。

 お腹が空いた。でもそれ以上に眠い。


「がうーっ。がっ、うがぁーっ」

「……分かった。分かったよ。今焼くから待ってくれ」


 相棒のほうは空腹が勝っているらしい。

 ささっと魚をさばいて『錬金BOX』へ。焼けたらそれを食べる。

 食べ終わると少しだけ元気も出た。


「船を──あそこの木のところまで運ぼう。ひっくり返して木に立てかけたら、ロープで固定するんだ。風避けになるだろう」

「がう」


 この二日間の間で、オールに絡まっていたロープも無事に解けた。

 二人で船をもう一度運び、ひっくり返して木に立てかけてからロープで固定。

 ヤシみたいな木の下には、大きな葉っぱが何枚も落ちていた。それを拾い集め、船の前に敷く。


「今日の寝床はここだ。明日、明るくなったら島の周りを調べてみよう」

「ふあぁぁぁ~。んにゅ……」


 返事をしてすぐ、葉の上にごろんと転がって寝息を立て始めた。

 そういやずっと名前を聞いていなかったな。明日にでも聞いてみよう。


 まずは火を焚かないとな。

 焼き魚が出来るぐらいだ。炭に火が点いた状態の錬成も出来るんじゃないか?


 途中で必要なくなった予備のオールを再錬成して、炭を入れる箱を作ってある。木屑は木材があればいくらでも錬成できた。

 木材から木屑へ。その木屑と炭を箱に入れると、予想通り火の点いた炭が完成。

 箱に入れたままにしていても、火が燃え移ることはない。そのまま炭を箱に入れ、あとは薪を拾い集める。


 砂浜の奥には森が広がっていた。

 海の上から見える範囲に草原とか、平地はまったくなかった。砂浜の先はすぐ森だ。

 だからといって、今から森に入って薪集めなんてやってられない。あの子も眠ってしまったし、見える範囲で探さなきゃな。


 が、そこかしこに枝が落ちまくっていて、十分な量がすぐに集まった。


 炭を置き、枝を乗せていく。火はすぐに燃え移り、パチパチと音を立てた。

 こうして火があると、なんだかほっとするな。


「んにゅ……」


 少女が目を覚ます。

 燃える火を見つめ、薄っすらと笑みを浮かべたような気がした。けれどすぐに毛布に包まって、また目を閉じた。

 彼女が眠ってから、これから必要そうな物をいくつか錬成する。

 俺と彼女を縛っていた鉄の鎖と木材を『錬金BOX』に入れ、剣の形になるよう錬成した。長剣ではなく、短剣よりも少し長い程度だ。

 次に斧だ。木を切るために使う。

 

 この島に町か村でもあればいいが、無い時には自分で小屋でも建てなきゃならなくなる。

 その為の道具だ。


 余った鎖は大事に取っておく。

 拾って来た枝も、水気を含んでいる物は『錬金BOX』へ。

 水分を分解すると燃えやすくなるので、火が消える心配もない。

 その作業の途中で、『錬金BOX』のレベルが26に上がった。これで一辺の長さは135センチだ。

 まぁ邪魔なので50センチぐらいに縮めているけどね。


「んん~……がうぅ」


 もろもろの作業が終わってひと段落したころ、少女が目を覚ました。

 薪の説明をしてから、俺が彼女に代って外套に包まる。


「そういえば……お前、名前はあるのか?」


 返事はない。どうやらこれは「ない」という答えなのだろう。


「名前が無いと呼ぶときに不便だもんな。俺の方で考えてもいいか?」


 返事はない。だけど小さく頷くのが見えた。

 いいってことか。


 と、カッコつけて言ったものの、実は名前の案なんてなーんにもない。

 しまったなぁ。考えてるなんて言わなきゃよかったよ。

 けど名前はないと不便なのは嘘じゃない。


 名前──名前──。


 ふと、少女の姿に目が行った。

 一度海に落ちているし、その後も俺が錬成した水を何度か頭から被っている。

 汚れの落ちた彼女の髪は、夜空に浮かぶ銀色の月のように輝いていた。

 瞳は金色。犬というよりは、狼を連想する。

 実は汚れを落とすと美少女でした──という典型的な子だ。まぁ髪はボサボサだから、目元を隠せばそれも分からないが。


 この世界には月の女神セイフェラシアというのがいる。実在しているかどうかはさておき、信仰の対象のひとりだ。

 月光を浴びて輝く彼女の髪を見ていると、女神セイフェラシアにちなんだ名前もいいなぁっと思えてきた。


 セイフェラ……じゃあまんま過ぎる。ならフェラ……いやいやいやいや、いろいろマズいって!


「ぐるるるぅ」

「いや、何もやましいことは考えてないっ。本当だ! お、お前の名前はだな……シア……そうだ、シアはどうだ? 月の女神セイフェラシアから取った名前だぞ」

「ぐる……ぁ……ぃあ……イア」

「イアじゃない、シ・ア、だ」


 何度かシアと喋ろうと挑戦していたが、上手くいかないようだ。

 それでもぶつぶつと繰り返し、時折にんまりと笑う姿が見えた。

 どうやら気に入ってくれたようだ。


「ふあぁ。じゃあ俺は寝るよ。何かあったら起こすんだぞ」

「がう」


 彼女の──シアの返事を聞いてから、俺の意識が沈むまでそう時間は掛からなかった。


 目が覚めたのは太陽がすっかり上ってから。


「んーっ……くあぁ、おはよう。そうだ、シアって名前を付けたんだったな。おはようシア」

「んぎゅっ。ぁ、あぐっ。あぅあぅ」


 ん? 何をしているんだシアは。

 頭を抱えて後ろに転げてしまったぞ。


「シア、大丈夫か?」

「んにゅっ。う、うが、がるるるるぅっ」


 転がったまま唸り声を出し始めた。まぁ大丈夫なんだろう。


「さ、ご飯にしよう。シアも俺を待ってたから、お腹が空いただろう?」

「がうっ!」


 その通りだと言わんばかりにむくりと起き上がる。

 昨日の魚の残りを錬成し、連続魚ご飯が今日で終わることを祈って食べた。


 明るくなって改めて周囲を見渡すと、西のほうはずっと砂浜が続き、東は途中でカーブしていて先は見えない。

 魚を食べたら、まず東のほうへ行くか。

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