第7話

「があぁぁぁっ」

「だから待てっ。生はダメだっ。寄生虫とか、そういう心配だってあるんだからっ」


 トビウオを『錬金BOX』で調べると、こいつは青魚で夏場には寄生虫も発生しやすいとのこと。生は厳禁で、しっかり火を通して食べろと言われた。

 生ではダメ。火を通さなければ……。火、かぁ。


 炭はあるんだよ。これに火がつけられれば……。

 そうだ。木材と木屑があるし、擦り合わせれば火を起こせないかな?

 んじゃあ棒状のものを錬成するか。


 けど……こんな小さな船の中で火なんか起こして大丈夫だろうか?


「うがあぁぁぁっ」

「あぁぁっ、だから生はダメだって言ってるだろう!」


 くっ。こいつの我慢も限界だ。いや、既に限界か。さっきから俺の腕に噛みついてやがるし。

 けど船の上で魚を焼くのは危険すぎる。ヘタすると船まで燃えてしまうからな。

 じゃあどうする。俺だってもう限界だ。腹が減って減って、堪えられない。

 お腹を下す前提で生で行くか?


 いや。

 炭がある。木屑がある。木材もある。

 火を点けられるんだろ?

 なら、この三つとトビウオを『錬金BOX』に入れて、錬成できないか?

 焼き魚に。


 今までずっと農園関係でしか箱を使っていなかったが……。


「えぇい、考えたって仕方がない。やってやる! "錬金BOX"!」


 まずは木材でナイフを錬成。せめて三枚おろしにしなきゃな。

 前世での話だけど、魚をさばくことはできる。で、今世でも出来ることが今実証された。


「あっ、あぐぅ」

「待ってろ待ってろっ」


 二尾目もと思ったが、とりあえずこれだけでいいや。

 底に散らばった木屑をかき集め、炭と木材を『錬金BOX』へ。そこに三枚おろしにしたトビウオをぶち込んでっと。

 すぐにそれぞれの情報を音声で紹介しようとするのを、意識・・することで止める。

 必要なのは錬成だ。

 焼き魚だ!!


 ほわんっと箱が光った。

 で、出来た!?


 蓋を開くと、パチパチと魚の皮が焼ける音と、香ばしい匂いが漂って……。

 で、出来た……本当に出来た!?

 食べていいのか。食べられるのか……ごくり。


 箱から取り出した焼き魚を木材の上に乗せ、ほろりと零れた身の部分を口に放り込む。

 

 んまい。


 塩味が利いててめちゃくちゃ美味い!


「あぁぁ、あぅあぐぅぅ」


 涎をだばだばと落としながら少女が俺の腕にしがみつく。


「あぁ、いいぞ。食べていい。もっと焼こう」


 言い終える前に彼女は魚にかぶりついていた。

 おい、半身は残してお……かないか。まぁいい、二尾目をさばいて錬成だ。






 はぁ、食った食った。結局二人で十二尾食ってしまった。残りのトビウオは四尾しかない。

 余った骨で魚が釣れたりしないかな?


「オールに絡まったこのロープが解ければ、釣り糸代りになるのを錬成できそうなんだけどな……ふあぁぁ。やべっ、満腹になったら眠くなってきた」

「あぐうぅぅぅっ」

「まだ威嚇してるのか。魚食わせてやっただろ?」

「ぐるるるるるっ」


 魚程度では心を開かないってか。まぁ仕方ない。


「そうだ。枷を外しておこう。使えるといいんだけどな──あったあった」


 小舟の中にぶちまけた、木片で作った枷の合鍵を拾ってじっと見つめた。

 開くかなぁ……。


「自分の手枷の鍵に刺すのは無理か。お前の手枷で試すから、外れたら俺のもやってくれ」

「ぎぎっ」

「怖がるなってっ。ほら、手を出してごらん」


 耳を伏せ、威嚇しながら俺から遠ざかろうとする。それでも木製の鍵を見せると理解したのか、渋々といった表情で腕を差し出した。もちろん威嚇付きで。

 その鍵穴に木製の合鍵を挿す。回すと枷がカチャリと音を立てて外れた。


「よっしゃ! じゃあもう片方も──」


 手と足、両方が解放されて少女も少し嬉しそうだ。尻尾が左右に揺れている。

 だけど俺から鍵を受け取るとき、いちいち唸り声をあげた。まぁそれでもちゃんと、枷を外してくれたけども。

 

 くぅぅ……もう限界だ。


「徹夜で船を漕いだから眠いんだ。少し寝てもいいか?」


 そう尋ねると、ギロリと睨んだまま頷いた。

 いいのかよ。じゃあ寝よう。

 太陽が眩しいので、羽織ったままだった毛布を頭からすっぽりかぶって目を閉じた。

 睡魔はすぐにやってきて、意識が沈む。


 ・

 ・

 ・


「うぅ。あうぅー」


 誰かの声が聞こえて、意識が浮上した。

 コツコツと頭を叩かれ、目を覚ますと獣人の少女が俺を見下ろしていた。

 が、直ぐに威嚇して後ろに下がる。


「んあぁぁ。どの位眠って……げっ。夕方じゃないか!?」

「あぐううぅぅぅっ」


 威嚇しながら彼女が何かを投げてきた。

 魚だ。

 トビウオではなく、もう少し大きな魚だった。スズキに似ているかな?


「どうやってこんな魚を」

「ぐっ」


 彼女がトビウオの骨を見せる。

 釣り糸も針もないのに、よく釣ったなぁ。そう思っていたら、少女はトビウオの骨を海に浮かべた。

 暫くすると魚影が上がってきて──


「がうっ!」

「マジかよ!」


 魚を鷲掴みにした。

 す、凄いな獣人。


「がぁーっ」

「分かったよ。焼けって言うんだろ」


 スズキが二尾。こいつは大きいので、一尾で十分お腹が満たされそうだ。

 一尾だけ先にさばいて『錬金BOX』で炭火焼きにする。

 

「上手く焼けた。半身……貰ってもいいか?」

「ぐうぅぅっ」


 威嚇しながら頷く。ツンデレなのか?


 木材を錬成し、少し大きめの蓋つきお椀を作る。この中に海水から錬成した水を注ぎ、いつでも飲めるようにした。


 二人でスズキを平らげた後、残りの一尾とトビウオも明るいうちにさばいておいた。

 それを焼いて、あとは箱の中に入れたままにしておく。


「これで明日の朝飯も出来た。ありがとうな、魚を捕まえてくれて」

「んぐっ。が…・・・がうっ」


 お礼を言うと何故か彼女は威嚇し、そのまま体を丸めて眠ってしまった。

 その体に外套をそっと被せ、それから船を漕いだ。

 月明かりを頼りに、とにかく漕ぐ。東に向かって。


 それから二日。

 交代で休みながら、俺が起きている間はひたすら東に向かって船を漕いだ。

 ただ日中は本当に東に進んでいるのか自信はない。夜なら星の位置でなんとなくわかるんだが。


 ずっと水と魚しか口にしていない。空腹はしのげているが、栄養面ではあまりよろしくない状況だ。

 そろそろどこか小さな島でも──


「あ……ああぁぁっ」

「どうした?」

「あうっ。がう、あぁーっ」


 少女が必死に向かって左を指さす。

 その方角を視線を向けたが、水平線が見えるだけ……いや……俺には水平線しか見えないが、別の物なら見える。

 視界に映るのは水平線と、そして空。


 その空に見えるのは──

 

 鳥だ。 

 

 

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