第6話:漂流

 船から──いや、船を襲っている何かから逃げるために必死に泳ぐ。

 あっぷあっぷしている獣人の子を引っ張りながら泳ぐのはなかなか難しい。

 ただすぐに少女の体から力が抜けた。


「お、おい大丈夫──気絶したのか」


 目を閉じてぐったりとする少女。この方が引っ張って泳ぎやすい。

 早くこの場から逃げよう。

 そう思っていると、海がずもももももっと盛り上がって押し流された。


「転覆したのか……お!」


 波間から見えたのは、くるりとひっくり返った船の姿。

 そして俺たち同様にあるモノが流されてきた。


「おい起きろっ。ぐぅ、ダメか。仕方ない」


 流れてきたソレに獣人の少女を押し上げて乗せる。

 あの船にいくつか備え付けられていた救命用のボートだ。ひっくり返った衝撃で、固定していたロープが切れたんだろうな。オールにロープが絡まったままだ。


 なんとか獣人の少女をボートに乗せたはいいが、早くここから去らないと。

 ボートは全部で三隻あった。残り二隻に、生き残っている奴らは乗り込むだろう。

 見つかればタダじゃ済まない。


 夜の海で、上手く逃げ切るなら今の内なんだ。

 早く……得体のしれない化けモノもいるようだし、ここから──


「化けモノから逃げるなら、俺も奴らも同じ方角に逃げることになる……よな」


 化けモノは東から現れた。逃げるなら西に船を漕ぐだろう。

 船の素人な俺と船乗りとでは、漕ぐスピードだって絶対違うハズ。

 夜のうちにどこまで逃げ切れる?

 追いつかれる訳にはいかないっ。


「だ、だったら……東だ! 化けモノが来た方角に逃げれば、奴らに出会うことだってないはず!」


 ボートを漕ぎ、化けモノを大きく迂回して東へ進もう。

 オールを手に取ろうとするが、絡まったロープが解けないっ。

 ちっ、こんな時に!


「そうだ。浮かんでる船の木材でオールを錬成すればいいんだ」


 先に箱の中身──炭や木製の鍵、それに木片をボートに放り出し、海面に浮かぶ船の残骸を拾い上げて箱の中へ。

 この船に捕まってから、錬成で形状変化ができることも分かっている。

 上手くイメージしてオールを作りだし、小舟にセットして急いで漕ぎ始めた。


 夜空に浮かぶ三日月と星を頼りに東へと船を漕ぐ。

 必死に──

 必死に漕ぎ続けた。


 漕ぎ続けて、やがて進む先の水平線が白み始めた。

 朝……か?


 や、奴らは!?


 ぼんやり明るくなり始めた海を見渡したが、他にボートの影はない。

 よかった。


 奴ら、全員やられたのか、それとも化けモノから遠ざかるために西の方に逃げたんだろう。

 化けモノも大型船を襲うのに必死で、こっちには気づかなかったようだ。

 

 朝日はまだ昇らない。それでも明るくなり始めたことで周りの状況も見えるようになったし、かなりホっとする。

 はぁ、必死に漕ぎまくってたし、喉がカラカラだ。

 でも水はないし──


「いや、水ならいくらでもあるじゃないか」


 海水だ。もちろんこのままじゃ飲めない。

 石から生えた木の枝。あれを分解できたんだ、海水だって分解できるだろ?

 塩と──

 水に。


「"錬金BOX"」


 箱を取り出し海水を掬い蓋をして、分解を念じて箱が光る。

 光が収まって箱を空けると、中には液体と、底に白い塊が一粒入っていた。


「塩……だよな? ん──しょっぱ!」


 粒を取り出して舐めてみると、案の定塩の塊だ。

 ならこの液体は──


「んく、んく、んく……っぷはぁーっ。水だ! 完全に水だぞ!」


 ふたを閉めると液体の情報が入って来る。

 100%真水という声が聞こえた。

 残った水を頭から浴びて、もう一杯用意する。


「おい、起きろ。おいっ」


 気を失ったままの獣人の少女にも飲ませておかなきゃな。


「おいっ」


 少し強めにゆすると、ようやく少女は目を開いた。


「あぅ……」


 ぼうっとした目で辺りを見渡す。それから思い出したのか、一気に顔が青ざめパニックになった。


「あぁぁっ。あがっ、あううあぁぁっ」

「お、おいっ。大丈夫だから。もうアレはいない。いないから安心しろっ」

「うああぁぁっ」

「ボートの上なんだっ。暴れたら落ちるぞっ」


 と言っても聞きゃしねーっ。

 こうなったら──ぶっかけるしかねー!


『錬金BOX』の中の水を少女にぶちまけ、直ぐに二杯目を錬成してまたぶっかける。


「あぶっ」

「もう一杯いるか?」


 尋ねたが、必要そうだ。彼女は顔や髪についた水を、必死に舐めとろうとしている。

 三杯目は彼女にぶちまけず、手に持って口元に押し当ててやった。

 水だと気づくと少女は、俺の手の上から必死に抑えて勢いよく喉を鳴らす。


 それをほぼ全部飲み干すと、少女はようやく落ち着いた。

 落ち着いて、それから──


「うううぅぅぅぅぅっ」

「なんでそこで威嚇するのか……」

「がううっ」


 耳と尻尾の毛が逆立っているのが見える。よっぽど人間が嫌いなんだろう。

 歯をむき出しにし、殺気の籠った目で睨みつけてくる。

 が、同時に鳴った。


 ぐぎゅるるるるるるるるっと、腹の虫が。


「腹かぁ……あぁ、俺も腹減ったなぁ」

「あぐぅぅぅ……うっ」

「ん?」


 突然少女が顎を突き出し、鼻を引くつかせ始めた。

 かと思ったその時だ。


 パシャっと何かが跳ねる音がしたかと思うと、俺の後頭部にぶつかるものがあった。

 地味に痛い。

 俺の後頭部にダメージを負わせたのは魚だった。

 羽のある魚──


「トビウオか!?」

「あうわぁっ」

「お、ちょ、やめっ。痛いっ。痛いって!」


 少女が突然オールを持って振り回し始める。

 すると海面から飛び出したトビウオに見事命中。

 おぉ、そういうことか!

 なら俺もっ。


 二人でオールを振り回しまくって、その結果、海面には十数匹のトビウオがぷかぷかと浮かんでいた。


 

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