第84話:とある鉱山

 アンディスタン北西部の山の中。

 国内の罪人たちが収容される鉱山で事件は起こった。


「うおぉらあぁぁーっ。飯寄こせぇーっ!!」

「ひゃっはーっ。よくも俺に鞭打ってくれたなぁーっ」

 

 突然、鉱山夫──つまり罪人たちが暴れはじめた。

 それを手引きしたのは役人であり、大勢の罪人が檻から解き放たれた。


「と、捕らえろ! ひとりも逃がしてはならんっ」


 看守長はそう叫ぶが、鉱山にはアンディスタン兵より罪人の方が多い。

 普段は手足に枷が嵌められ、しかも三人一組で繋がっている。

 故に監視の数が少なくても、どうにでもなった。


 だが、今は罪人たちは自由の身。しかもその手には武器を持っている。

 

「死ねっ、死ねっ、死ねぇーっ!」

「ひゃーっはっはっは」


 看守長はすぐさま、援軍を呼ぶため魔導通話のある看守長部屋へと向かった。

 部屋の前では数人の兵士の姿が見える。


「すぐに魔導通話を発動させろ!」

「お断りします」

(な……に?)


 看守長は怒鳴ろうとして口を開いたまま倒れた。

 慌てて駆けていた彼は、その勢いのまま兵士のひとりに剣で腹を貫かれたのだ。


「う……らぎり……者、め」

「こんな辛気臭い、しかも安月給なところで出世の道もなく、このまま一生送るなんてできねーんですよ」

「出世なんてのはどうでもいいですけどね、やっぱ世の中金ですわ」


 警笛を鳴らすための鐘も抑えられ、狼煙を上げるための台も抑えられ。

 鉱山は罪人と裏切り者たちによって占拠された。


 そんな中、罪人の男女間で産まれた子供たちを収容する施設で震える男がいた。

 男がいる部屋は鉄格子が嵌められ、鉄のドアには鍵が掛けられている。


「こっちに来るな。こっちに来るな」


 呪文のようにそう口にした男は、身を寄せる幼い子供らを抱き寄せ共に震えた。


「ローンおじちゃん、どうなるの?」

「おじちゃん、兵隊がいっぱい殺されてる。俺たちも」

「しっ」


 男は子供の口を押え黙らせた。

 静かにしていれが見つからないかもしれない。


 そう思って男は耐えた。

 じっと息をひそめ、彼らがいなくなるのを。


 だが同時に考える。


(自由の身になったら、その先はどうする? ここを拠点にするのか?)


 いや、鉱山を拠点にして何が出来る?

 この鉱山は山脈の中腹にある。山を下りて一番近い人里まで徒歩で十日は掛かる。

 更にこの山脈は大陸の西の端の半島にあった。

 街道を行く旅人や商人を襲う……などという機会もない。


(となると、ここを捨ててどこかへ行くはずだ。それまでなんとかここで……)


 男は恐る恐る窓の隙間から外を見た。

 すると遠くて何かが見えた。


 奥の小屋は火が放たれている。

 燃え盛る炎の手前で、数人の男が何か大きな塊を担ぐようなシルエットが浮かんだ。

 駕籠にでも乗っているのだろうか。


 男はそのシルエットに見覚えがあった。

 だから震えた。


(な、何故アレが……アンジェリーナが罪人に担ぎ上げられているのだ?)


 アンジェリーナ。

 つい数か月前まで侯爵夫人だった女だ。


(奴が罪人を手引きしたのか? いや、食い意地だけで生きている女に、そんな知恵がある訳がない。いったい誰が──)


 男──ローンバーグが見つめる視線の先で、駕籠の上の肉塊に近づく者がいた。


「アンジェリーナさま。お迎えに上がりました。海上にてお父上がお待ちでございます」

「ふんっ。おっそいざますっ。さぁお前たち、あたくしを船まで運ぶざますよ!」

「「へ、へぇぇい」」


 船──アンジェリーナはそう言った。

 近づいて来た人物は「お父上」とも。


(アッテンポー公爵か!?)


 アンディスタンの王城地下に幽閉されていた元公爵は、死刑を言い渡されたはず。


(刑が執行されるまでに脱走したのか!?)


 誰かに知らせねば。

 そう思うが今は動けない。見つかれば自分だけでなく、子供たちまで殺されてしまうだろう。


 彼は改心した──という訳ではないかもしれない。


 生きる希望を失い、抜け殻同然でこの山へとやって来てから暫くして、子供たちの姿を見た。

 幼い罪人だろうか。

 だが子供が送られてくるには過酷な環境だ。


 聞けば罪人同士の間で産まれた子供だという。

 もちろん子作りは禁止だが、そうは言っても監視の目を盗んでいたす・・・者たちはいる。

 そうして産まれた子供たちは裁かれることなく、十五歳になるまではここで暮らす。

 十五になればあとは自由の身だ。


 といっても、字の読み書きも知らなければ常識も知らない。

 何が良くて何が悪いのかも、誰も教えてはやらない。

 結果、子供たちは数年後に戻って来る者も多かった。

 罪人として──。


 ローンバーグは最初、ほんの出来心で子供たちに文字を教えた。

 すると子供たちは「おじさん凄い!」「ありがとうおじさん!」と喜んでくれた。


 人に喜ばれるのは何年ぶりだったか。

 感謝されるのが何年ぶりだったか。


 ローンバーグにとってそれは生きる希望になった。

 

 きっとここの子供たちを立派に育て上げる。十五になって外の世界を知っても、ここや自分のような罪人にならずに済むよう、教えられることは教えよう。

 そう決心した。

 

 彼にとって今、子供たちを守ることこそが最良の策だと思っている。

 知らせるのはその後でいい。


 今はただ、悪夢が去るのを待つしかなかった。



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