第80話

 破片を拾い集めて再錬成し、俺とシアが潜って作業をすること一時間。


「ぷはーっ。やっと終わったぁ」

「えぇー、もう終わっちゃうのぉ?」


 あんだけ怖がっていたくせに、海の中を歩くのが楽しくなったらしい。

 

「お魚ここで飼う?」

「そうだ。できれば大型魚類がいいな。小さいのより大きいほうが食べ応えもあるだろうし」


 それに今は一つだが、あと二つ三つ作っておきたい。

 毎日同じ魚じゃあ飽きるだろうし。


 船に引き上げて貰って桟橋に戻り、上からブイの位置を確認。


「なかなかいいんじゃないかな?」

「いいねぇ」

「いいと思います」


 自画自賛していると、近くの海が盛り上がった。

 ク美だ。養殖場を見に来たのかな?


『ルークさん。船が来ますよ』

「え、船?」

『えぇ。人を運んでいる船のようです。敵意はありません』


 あっちから──とク美が腕差すのは北の方角。

 あ、確かに船だ。


「あら、やっと来たようですわ」

「やっと? エアリス姫は何かご存じなのですか?」

「ふふふ。ルーク様は島の食糧事情を気にしていらっしゃったでしょ? 農作業専門の働き手が欲しいと」

「え、じゃああの船って……」


 もう一度船を見る。それはまだ遠く、乗っている人の姿も見えない。


「お父様に手紙を出しておいたのです。島への移住を希望する、農家の方を募集して欲しいと」

「おぉぉ!」

「でも、いきなり大勢来られても困るでしょ? ですのでベテランの方と、体力のある若い方を合わせて十家族ほどをお呼びしました」

「素晴らしいですよエアリス姫!」


 おぉぉ。これでようやく、開墾作業も始められる!


『クラ助。船に乗ってる方たちが驚いてしまうから、私たちは潜っていましょうね』

『はいでしゅおかあしゃん』

「悪いなク美、クラ助。気を遣わせて」


 ク美が我が子を抱いて、少し深い沖の方へと泳いで潜った。

 

「そうだ。騎士ベルディル。すまないが町に急ぎ戻って、長屋の掃除を頼んでおいてくれないか。特別手当は出すと言って。それとグレッドに荷車を二台ほどこっちに運んでくれるよう言っておいてくれ」

「畏まりました。ではエアリス姫、自分は一足先に戻ります」

「えぇ。ベルティル、気を付けて」


 船乗りのアパート前にある馬を止めておくための柵。ベルティルはそこで馬に跨り町へと駆けた。

 じゃあ俺たちは船を出迎える準備をするか。


「桟橋、新しくしておいてよかったですわね」

「そうですね。二隻までなら停泊も可能ですしね」

「あー、見えてきたぉ。手ぇ振ってるおじいちゃんがいるぅ」

「お、本当か? って、まだ俺の視力じゃ見えないよ」


 周りの船乗りや冒険者が笑う中、船は少しずつ近づいて来る。

 まだまだ遠い。

 だけど、あぁ……開拓島も本格始動だな。


 今育てられる野菜以外も、いろいろ育てたい。

 果物もだ。


「果物……かぁ」

「果物欲しいの?」

「いや、そうじゃなくてな。……島の果樹園だよ。今は俺がひとりで面倒見てるけど、専属の者がいてくれたらなぁって」


 適任者というか、任せたい人はいる。

 だけど……せっかく娘さんと一緒に暮らしてるんだ。邪魔はしたくない。


「あら。では適任者ですわね」

「適任?」


 エアリス姫がにっこり微笑む。

 誇らしげに船を見つめ、こう続けた。


「若い頃はどこかの貴族の屋敷にある小さな果樹園で、専属庭師として働いていたそうですわ。なんでもルーク様の名前を見て、移住に申し込んだと仰ってました」

「ウークの知い合い?」

「さぁ、どうなんでしょ────」


 その後もシアとエアリス姫の会話は続いたが、俺の耳には入ってこなかった。

 ようやく俺の目でも人物の顔がおぼろげながら分かるようになってきた。

 その船の船首で手を振る老人。


 懐かしく、

 そして今一番会いたかった人。


「ひ……め」

「はい、どういたしましたルークさ──ルーク様!?」

「どうしたのウーク? ぽんぽん痛い? どこか苦しい?」


 あぁ、俺今泣いてるんだ。二人がめちゃくちゃ心配そうに見てる。

 襟元の服をひっぱってごしごし拭く。

 あ、しまった。これ濡れてるんだった。しかも生乾きしはじめてて、結晶化した塩がざらざらして痛い。


「はは。エアリス姫、ありがとうございます!」

「え、あの……」


 姫の両手を包み込むようにして握る。


「ありがとうございます。本当にありがとうございますっ」

「い、いえ……ルーク様のお役に立てたのなら、よ、よかったです?」


 薄っすらと頬を染める姫から視線を船へと戻し、握っていた手も放して今度は振った。

 懐かしい……あの人の名を呼ぶ。


「ロクゥゥゥゥーッ!!」

「ぼっちゃぁぁーん。来ましたよぉーっ」


 五年……いや、もうすぐ六年となる、ロクとの再会だった。

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