7章 旅

第124話:忍び寄る男──

「アルゲイン様。よい知らせが届きました」


 商業都市を見下ろす形で丘の上に建つ、大きな屋敷の一室。アルゲインと呼ばれた男が窓から下界を見下ろしていた。


「よい知らせ?」

「はい。先日、アンディスタンのアッテンポー元公爵が処刑されたお話は?」


 アッテンポー。その名を耳にした瞬間、アルゲインの表情が変わった。

 手にしたワイングラスを床に叩きつけ、嫌悪感をあらわにする──が、それも一瞬のうちに、元の高慢な顔へと戻った。


「ふん。この俺が知らないとでも思っているのか。残念なのは伯父上の死にざまを、直接この目で見れなかったことか」


 この男──アルゲイン・ストラファンは、アッテンポー元公爵の甥にあたる。

 今はアンディスタンではなく、その北にあるマウロナ共和国に雇われる身だ。


「残念でございましたな。しかし知らせはそんな下らないものではないのです」

「なに? 伯父上のことではないのか。もったいぶらず、早く話せ」

「はい。元公爵がトロンスタ王国領のトリスタン島に攻撃を仕掛けた際、かの軍船に大穴を空けたモノがいまして」

「トリスタン島か。噂は耳にしている。古竜が守護する島だとかなんとか」


 アルゲインはさほど興味無さげにそう話す。


「他にもクラーケンがいるようですが、アルゲイン様は興味がありますまい?」

「当たり前だ。この俺の『調教の才』に従わぬ伝説級の魔獣など、興味が湧くものかっ。」


 正確にはいくらギフトがあろうと、彼の力で従わせられる魔獣は一般的なモンスターが限界なのだ。

 ドラゴンやクラーケンといった、最上級とも言えるモンスターを従えさせることなど出来ない。

 それを自覚しているし、出来ないものをうだうだというつもりもアルゲインにはなかった。


「では──はどうですかな?」

「なに? この俺に、そんなありふれたモンスターを手に入れろというのか?」

「ふふふ。ありふれていながら、その力は我らが知るそれとは遥かに異なる物のようで」

「たまたま、ちょっと成長が良かっただけであろう」


 アルゲインは興味無さそうにそう言い放った。

 しかし部下らしき男の顔からは笑みが浮かんだまま。そして男は懐から一冊の本を取り出す。


『これが伝説の魔獣だ! 決定版』


 その本のあるページを開いて、アルゲインへと向ける。

 さすがにアルゲインも、そのページを見せられては興味を引かない訳がない。


「本物か?」

「分かりません。が、サイズ的にも進化の兆しがある様子」

「進化……大地の幻獣へか……くくく、くはははははっ」


 アルゲインの瞳に貪欲な闇が宿る。

 

 手に入れたい。どうしても欲しい。

 俺のこのギフト、『調教の才』でこいつを支配したい!


 いつの間にか男から奪った本を手に、アルゲインの興奮は絶頂を迎えようとしていた。


「欲しいいいぃぃぃぃぃぃぃ!」


 アルゲインは大きく仰け反り、その手を天にかざす。

 彼の瞳には欲したモンスターの姿が映っていた。もちろんそれは幻ではあるが。


 大地に雄々しく立つその姿。

 気高く、勇ましいそのモンスターを、自分の手で跪かせ従えたい。


 支配したい。

 支配したい。

 支配したい。

 支配したい!



「捕獲しろ。進化を遂げる前ならば、この俺の『調教の才』で従わせられる!」

「既に部下を向かわせております」

「一族の恥さらしである伯父の一件に姿を見せたということは、トリスタン島領主とかかわりがあるだろうな」

「その点もご心配なく。もう間もなく、あの島は災害に見舞われることでしょうから」

「ほぉ。いったいどんな災害かな」

「ふふふふふ」

「くくくくく」


 二人の男が不気味に笑った。


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