第123話:閑話-すき

 俺の誕生日……か。

 こんな風に大勢の人に祝って貰うなんて、前世から数えても初めてだよな。

 まぁ、この世界だとロクがこっそり祝ってくれることもあったけどさ。


「にしても……こいつら飲みすぎなんだよ。また本土から酒の注文しとかなきゃな」


 屋敷の食堂に横たわる飲んだくれに、シーツを掛けて回りながら愚痴る。

 あぁあ、若い騎士まで転がってるし。シャテルドンに見られたら怒られるぞぉ。


「ルーク様、あとは私たちがやっておきますので、もうお休みください」

「まったく、領主になったのですから、そんなことまでなさらずともよろしいのに」

「はは。いやぁ、なんかもう習慣にっちゃってて」


 侍女たちが呆れたように笑って、俺の手からシーツを奪う。

 じゃあ任せるか。


 二階の自室に戻ったが、まだちょっと眠れそうにない。

 風にでもあたるかとバルコニーに出ると、屋敷前の広場から少し離れたところでゴン蔵を見つけた。

 向こうも俺に気づいたようでこちらへとやって来た。


「相変わらず、しずかーに動くよな、お前って」

『なんだ? 地響きを鳴らして欲しかったのか?』

「いや、酔いつぶれて寝てる連中が多いから、静かな方がいい」

『そうだろう、そうだろう』


 俺凄いだろと、ドヤ顔のゴン蔵。


『眠れぬのか』

「んー、まだね。ゴン蔵はどうしたんだ? ゴン太は──もういないようだけど」

『息子は一足先に眠らせた。で、これからク美たちを海に送るところでな。一緒に行くか?』


 ク美たちを?

 そういやク美、小さくなってたな。魔法だって言ってたけど、小さくなれるなら子供たちと一緒に、陸に上がって来ればいいのに。


「んじゃあ一緒に行くかな」

『ふふん。では乗るがいい』


 バルコニーからゴン蔵の背に乗り移ろうとしたら、隣から「シアも行くぅ」と声が。


「寝てなかったのか?」

「だって今日は満月だもん」

「ん? あぁ、そういや満月だ。満月がどうかしたのか?」


 ゴン蔵の背に乗り移つり、シアに手を差し出しながら訪ねる。


「満月だとえぇー、ウキウキするぉー」

「ウキウキねぇ」


 遠足前の子供かよ。

 俺とシアがゴン蔵の首を登り、頭へと移動する。角に掴まると、ゴン蔵はゆっくりと歩き出した。

 そして樽を三つ乗せた荷車に手を伸ばす。


「ケン助とクラ助はもう寝てるのか」

『はい。ゴン太君とボリス君たちが帰ると、すぐに』


 樽の中でグーグーと眠る二匹。なんかイカ漬けみたいな光景だな。

 荷車を静かに持ち上げ、ゴン蔵はすぅーっと空へと舞い上がった。

 向かったのはいつもの浜。


 ゴン蔵は浜には下りず、そのまま荷車ごと海に浸けた。

 ク美がすぅーっと樽から泳ぎ出て、それからグググっと巨大化──いや元のサイズに戻った。


『ふぅ。小さくしている間、ずっと魔力を消費しっぱなしなので疲れました』

「あれ? そういう魔法だったのか」


 無い肩をコキコキ鳴らすような仕草でク美は体をほぐす。それから眠っている息子二匹をそっと腕に抱いて、樽から出した。


『体を小さくする魔法は、魔力の消費が激しいのはもちろんですが、コントロールも難しいものでして』

「へぇ、小さくなるだけなのになぁ」

『主の箱で、大きな物を小さくできるか?』


 大きなものを小さく……大きな塊を小さな砂粒にすることは出来るけど、その砂一粒に出来る訳じゃない。大量の小さな砂粒にするだけで、総重量は元の塊と同じだ。

 10から10の物を作る。10が1になることも、1が10になることもない。


「出来ないよ」

『そうであろう。ク美はそれが出来るのだ』

「なるほど。そりゃ凄い魔法だ」

『ふふ。ただ小さくなるだけですけどね』


 ク美は一番細い腕を伸ばし、俺の頭を撫でた。


『ルークさん、お誕生日おめでとうございます。まだ十六歳だったのですね』

『まだまだ小僧だの』

「一応、成人はしているんだけどなぁ」

『わっぱと変わらん』

『ふふふ。私たちから見れば、子も同然ですわ』


 そりゃドラゴンとクラーケン相手だと、人間はみんな子供同然だろ。

 

『では、おやすみなさい。また明日』

「あぁ、また明日」

『ではの』

「ばいばーい」


 ゴン蔵が再びすぅーっと空へ舞う。

 浜から町へと続く道、そして町とダンジョンまでのルートに点々と明かりが灯されている。

 

「始めて町に来た時とは、比べ物にならないぐらい発展したなぁ」

『無人島だったのだろう?』

「そ。俺とシアの二人しかいなかったんだよな」

「ボスいたおぉ」


 まぁそうだけど。でも人間っていう意味では──

 あぁ、そうか。シアは人間ではなかったんだっけ。すっかり忘れてしまうな。


「ゴンぞー、あっちぃ」

『む? あっちか』

「そう、そこそこー」

「どうしたんだ、シア?」


 呼びかけると、エヘヘっと笑みを浮かべて俺の手を掴んだ。

 浜に着地したゴン蔵が首を下げると、シアは飛び降りる姿勢になる。


「ここで下りるのか?」

「うん。ここがシアとウークの始まりの場所」


 始まりの……そうか。漂着した場所か!


 ぴょんっとゴン蔵の背から飛び降り、その場所を確かめる。


 あぁ、そうそう。あのヤシの木に船を括りつけて、風よけにして寝たんだっけ。


「あの時のシアは、まだ小さかったもんなぁ」

「が、がぅ! シア、心、子供だっただけだもんっ」

「外見だけで、精神的には今と変わらないだろう?」


 満月を見上げ、そう言ってシアをからかう。

 いや、からかうというか、割と本音?


「が、がう! シア、ちょっぴり大人なったもんっ。成長してうもんっ」

「はいはい、ちょっぴりね、ちょっぴ──って、なんで狼になってんだ!?」

「がうがうぅーっ」

「うぎょえぇーっ」


 いつの間にか狼バージョンになっていたシアが、俺に飛び掛かって来た。


 満月だからウキウキ……満月だから変身しちゃったってのか!?


「ぎ、銀狼ってのは、満月だと変身するのか?」

「ウキウキするけど、変身しないおー」

『主よ、それ別の何かと間違えておりゃせんか?』


 狼男。いやシアは女だけどさ。

 俺の上に覆いかぶさっている狼シアは、尻尾をぶんぶん振ってベロベロと顔を舐め回す。

 こうなるとタダの大きな犬だな。


 わしゃわしゃと顔を撫でてやると、こてんと横に転がって腹を見せる。

 犬だ、犬。これ服従のポーズだろ?

 そのお腹をわしゃわしゃすると、みよーんっと体が縮んで人の姿に──って、全裸だし!?


「こ、こらシア! 服着ろってっ」

「服ぅー?」


 ぺたんと砂浜に座ったシアが、じーっと一点を見つめる。

 そこには屋敷を出るときに着ていたシアの寝間着らしき布があった。


「破れてんじゃねーかぁーっ」

「破れちゃったねぇ」

「ねぇっじゃないっ」

「がうがうぅーっ」

「うわっぷっ」


 にへらと笑ってシアが覆いかぶさって来た。今度は人の姿のままで。


 ダメです。これはダメです。

 非常にダメです。


 全裸で俺に跨り、しかも俺の顔を舐めてるぅーっ。


「こら、止めろっ」

「ウークぅ」


 引き剥がそうにも、どこを触ってもセクハラになりそうで手が出せない。

 いやむしろ俺がセクハラを受けてるんだぞ!

 俺は悪くないっ。エッチでもない!


「こらシア!」

「がぅ」


 彼女の肩を掴んで押し戻す。少しだけふにゅっとしたものに触れたが、それがなんなのかは考えないようにしよう。


「お、女が全裸で男に跨るな! そ、その気がなくてもなぁ、男ってのは──抑制できないこともあるんだぞ!」

「がう?」


 首を傾げてなんのことだか理解していない様子だな。

 そんなシアを俺の上から下ろし、隣に正座させる。

 俺は出来るだけシアの目だけを見ることにした。でないといろいろ暴走しそうだから。


「いいかシア。異性の前で裸になんてなるんじゃないっ」

「うぅ」


 シュンとして耳がすっかり垂れてしまっている。だがここでかわいそうだなどと思ってはいけない。

 もう子供じゃないんだ。だからこそちゃんとさせなきゃいけない。


「俺が我慢できなくなって、お前のことを襲ったらどうするんだ。お前を無理やり……その」

「ウーク好き」

「そう。お互い好意を寄せあって、同意の上で──え?」


 真っ直ぐ見つめる金色の瞳。


「ウーク好き」

「す、好きって……」


 俺をひとりの男として好きってことなのか?


 じっと俺を見つめてくる瞳は、満月の明かりを反射して輝いて見える。

 そう。

 肉を目の前にした時のように。


「……俺と肉、どっちが好きだ?」

「ウーク!」


 お、俺だと!?

 え、本当にシアって、俺のことを?


「じ、じゃあ、俺と高級霜降り肉なら、どっちが好きだ?」


 という質問に、シアの耳がピクリと揺れた。

 そして──


「……ウーク!」


 とやや間があっての答えは俺。

 迷ったなこいつ。しかも俺のこと伺うようにして答えたぞ。


 つまりこいつの好きは、やっぱり肉と同等。


「はぁ……とにかく、俺も含めて、人前で裸になるのは止めろ。いいな?」

「うぅー、ウークが言うなら止めぅ」

「よしよし、いい子だ。とりあえずこれ着ろ。風邪引くぞ」


 上着を脱いでそれをシアに渡した。

 そういや初めての時もこんなんじゃなかったっけ。

 あんときはズボンも穿かせたが、代わりに俺が恥ずかしい恰好になっていた。

 まぁ今回は夜だし、上着だけでいいか。


 尻尾が揺れるたび、シャツが少し捲れ上がっていろいろとマズい。

 ささと帰ろう。


「ゴン蔵、屋敷まで送ってくれ」

『……ヘタれめ』

「ん? なんか言ったか?」

『いいや。では帰ろうか』


 ゴン蔵の背中に飛び乗り、シアに手を差し出す。その手に掴まってシアがふわりと舞った。


「ぶわっぷ」

「ウーク好きっ」

「分かった、分かったってば」

「ウークは? ウークはシア好き?」


 上目遣い。着ているのは俺のシャツで、胸元がチラりと見えるシチュエーション。

 反則だろ、これ。


「ま、まぁ……嫌いだったら一緒にはいないだろ」

「じゃあ好きってこと!?」

「あーっ、抱きつくなってっ。好き、はい好きです」

「やったーっ! ウーク好きぃ」


 あぁーっ。だから顔を舐めるなっ。人の姿で舐め──


「んぐっ」

「んー」


 お、い……

 今

 唇

 舐めただろ?


「わおぉーん!」


 満月を背にシアが吠える。


 ……ったく。中身は子供のまんまじゃねーか。

 はぁ……。




***********************************************************

 書き溜めがいい具合に進んだので、1日早く更新を再開しました。

 明日からは7章(第三部)を開始いたします。

 連休の間のみ毎日更新。連休明けの水曜日から隔日更新とします。

 今後とも、錬金BOXの応援、よろしくお願いいたします。

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