第52話:オーク母子5・・・遂に

 ルークエインがエリクサーを練成してから五日ほどが過ぎたアンディスタン王国では──


「だーらトロンスタ王国があたくしの大事な果樹園を奪ったのざます!」


 王都アディースロウにあるお城では、謁見の間で怒鳴り散らすローンバーグ侯爵夫人の姿があった。

 玉座に座る王は頭を抱え、そこに居並ぶ重臣らはみなドン引き。

 そこに王弟がいないのは、侯爵夫人アンジェリーナが登城すると知って早々と逃げたのだろう。


「侯爵、通訳を頼む」


 こめかみを抑えながら王が振り絞った言葉だ。

 それを聞いて侯爵はおろおろする。


 屋敷を出てから王都まで馬車で四日。道中ずっと説得し続けたが、果物の摂取量が足りておらずイライラはMAXに。

 その上馬車の中はアンジェリーナと息子のエンディンが同乗。

 六人乗りの馬車を三人が乗り込めば、本来ならゆったりと座れるはず。


 そんなことはなかった。

 

 呼吸の荒い二人のせいで馬車の中は空気が薄く、更に冬だというのにじっとりして暑い。

 途中から侯爵は元気がなくなり、ぐったりしたまま王都へと到着してしまった。


 到着するとアンジェリーナは市場へ向かった。

 そこで大量の果物を買い占め、息子と二人で貪り食った。

 次に二人は屋台へと向かった。

 貴族としての恥も外聞もなく、ただただ自らの欲望に従ってふらふらと。


 そして一軒、また一軒と、完売のため店じまいをする。

 店主は喜び、後から来た客は泣いた。


 そしてようやく二人の腹が満たされると、婦人は思い出して城へと向かい謁見の間へ。 

 王と面会するために並んでいた者たちを押しのけ、衛兵を腹で突き飛ばし(本人はただ歩いていただけ)、そして謁見の間へ。


 開口一発目が「あたくしの果樹園が奪われましたわ!」である。

 その場にいた者全員があ然とするのも当然だ。


 何を言ってやがるこの白豚オーク。


 そんな視線に晒されてもアンジェリーナは気づくことなく、妄想に近い被害を訴え続けた。


「あたくしの──「ママン、僕ちゃんも」あたくしたちの果樹園に、トロンスタ王国の魔の手が伸びたざます!」

「何を証拠にそのような妄想を……」

「妄想じゃないざますわよ! 現に果樹園で働いていた男が行方不明ざますからっ」


 王は侯爵を見た。

 侯爵は首を横に振っている。


「そ、その男はその……五年前に定年退職した者でして」

「あーたはだぁーらっしゃい!」

「はひっ」

「ママン、僕ちゃんお腹空いたよぉ。何日もずっと食べてないし、死んじゃうよぉ」


 いや待て、都へ到着してすぐ食っていただろう!

 そんなツッコミを心の奥底にぐっと押し込めたが、侯爵は狼狽えた。


 王の顔が──

 マジ切れしている。


「えぇぇぇぇいっ、いい加減にせぬか! 食い気しか頭にないのか、この醜い女めっ」


 王の拳が玉座のひじ掛けを打つ。

 それを皮切りに重臣たちも思い思いの言葉を口にした。


「まったくでございますな。都にはいろいろな女がおりますが、ここまでぶくぶくと太った者は見たことがありませぬ」

「確かに。どうすればここまで太れるのか」

「それに息子も息子だ。確かまだ十五歳であろう? あの太り方は異常としか言いようがない」

「あぁなってしまっては、オークと比べるのもかわいそうなぐらいですな。もちろんかわいそうなのはオークでありますが」

「言えてますな」


 アンジェリーナは絶句した。

 自分がぶくぶく太っている?

 そんなはずはない。だって主食は果物なのだから。


 彼女にも年頃の少女であった時期がある。もちろん当時から太っていたが。

 王城での社交界に出席したある年のこと。

 周りは美しく着飾った同年代の令嬢がいて、次々に若い騎士やどこぞの貴族のボンボンたちにダンスへと誘われていく。

 そんな中、自分だけが一度もダンスに誘われなかった。


 何故か。


 太っていたからだ。


 当時、彼女もそのことは自覚していたし、どうにかしたいという気持ちもあったようだ。

 だが同時に美味しい物をたくさん食べたいという欲求も。


 失意の中、実家へ帰ろうと馬車で王都を移動中に見たものは──


「食べて美しく痩せる果物ダイエット!」


 そんな謳い文句を掲げた店の看板だった。


「あ、ああ、あたくしは太ってないざますっ。王都で流行の果物ダイエットをずっと続けているざますのよっ。太っているはずがないざましょ!」


 現実に戻って──婦人の言葉を聞いた重臣の中には、果物ダイエットの言葉に思い当たる節があった。


(そう言えば二十五年ぐらい前に、都の女性の間で流行っていたなぁ)

(うちの奥さんもやってたっけ。一日一食をフルーツに置き換えるとかいうダイエット法)

(あぁ、我が家の妻もハマっていたな。ただリーンゴ四分の一にイジゴ一個だと足りないからとすぐ止めてしまったな)


 そう。一日のうち一食を果物にする。しかも果物の量は少ない。


 当時都で発行されていたダイエット雑誌にも記事は出ていたが、果物は肌にもよく、美容と健康の両方にいい!

 とされていた。

 果物が食べても太りにくいという記事を見て、アンジェリーナは「いくら食べても太らない!」と都合よく脳内変換。

 その「いくら」の中には果物以外の物も含まれ、いつしか──


 果物を食べていれば、他のものをたくさん食べても太らない!


 という最強ワードを確立させてしまった。


 で、今に至る。


「キイィィィィィィィィッ! あたくしが太って見えるのは、果物を食べてないからざますっ」

(いや、さっき城下町で食べただろう。今までだって確かに量は減ったが、毎日ニ十個以上は口にしていたはずだぞ)

「キイィィィィィッ! 全部トロンスタが悪いざますっ。戦争っ、戦争ざますよ!!」


 遂に口にしてしまった、外交問題。

 となるとだ、


「衛兵っ。その醜い豚を地下牢へほうり込めっ」

「「はっ」」


 こうなる訳だ。


 衛兵が五人入って来たが、婦人を見て応援を呼ぶ。

 十人がさすまたで夫人を動かそうとするがビクともしない。

 騎士がやって来て手を貸す。

 応援を呼んで二十人になった。


 でも動かない。


 宮廷魔術師がやって来て、夫人を眠らせた。

 抵抗をしなくなったが、重いことに変わりはない。


「マ、ママンをどこに連れていく気だぁーっ!」


 まともな教育を受けていない、甘やかされ放題だったエンディンは衛兵に殴りかかろうとした。

 止めに入った父ローンバーグ侯爵をふっ飛ばし、騎士をボディプレスし、衛兵をなぎ倒して母を救おうとする。


 宮廷魔術師が再び眠りの魔法を使い、ようやく謁見の間は静かになった。


「二人を地下牢へ。侯爵、あれをお主に娶らせたのは余ではあるが、何故こうなったのだ? 娶らせた時はまだもう少し細かったと思うが」


実はあの夫人。

最初の婚約者――いや、婚約者候補は王弟であった。

当然王弟は懇願するように兄に「断ってくれ」と頼んだ。

で、白羽の矢が立った候補にローンバーグがいたのだ。

爵位をランクアップするかわりに、アレを娶れ。

それを承諾したのは彼ひとりだった。


「あの時より三倍ほど……」

「なぜそこまで放置していたのだ」


 簡単なことだ。

 子爵であったローンバーグ家は、アンジェリーナを娶ることで侯爵へとクラスチェンジした。

 アンジェリーナは公爵家令嬢。子爵と比べるとかなり地位が異なる。

 侯爵となっても、同じ「こうしゃく」という呼び名であるいも関わらず、やはりその地位には絶対的な差があった。


 逆らえるはずがない。

 ローンバーグは地位と権力に縋りつきたいのだから。


「もうよい。侯爵よ、お前も地下牢行きだ。あれと同室が良いか?」

「い、嫌でございますっ。それだけはどうかご勘弁をっ」

「分かった。別々の牢にしよう」


 それが国王の最大限の優しさであった。


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