第191話:転送屋
このダンジョン。規模が大きいだけあって下層のほうではまだモンスターが出るらしい。
それを狙う冒険者が、少ないながらもちらほらいる。
そしてモンスターがいない、もしくは激減している今だからこそ、最下層付近の地図を完成させようと、マッピング代を稼ぐ目的で潜る冒険者がいるようだ。
俺たちもそんな冒険者パーティーのふりして地下へと潜った。
「ここは地下五階から、遺跡のような作りになっているんだってさ」
「ほえぇ~」
「宝箱だったり、隠し通路の類も見つかるって。なんかその隠し通路も、日によって位置が変わるんだと」
もちろんそれは、コアがちゃんとあって生きている間のことだ。
今は──どうなんだろうなぁ。
下層の地図は未完成で、先行しているラッツさんたちも二十五階以下からはマッピングしながら進むという。
俺たちも同じように地図作製しながら進むことになるだろう。
今回は俺たちだけが分かる地図になればいいので、ギルド紹介のメンバーはいらない。
ダンジョンに入ってすぐだ。
「お兄さん。ねぇお兄さんってば?」
という女の声が聞こえた。
「ん? ん?」
俺のことかな?
周りに冒険者はいないし、他に男といえばボリスだけ。でもお兄さんなんて歳でもない。
ま、相手はボリスの年齢なんて知らないだろうけど。
直進する俺に声をかけて来た女は脇道にいたらしく、振り返ると角から顔を覗かせていた。
「俺?」
と返事をすると頷きながらこちらにやって来る。
ひとりか?
と思ったら後ろから男が出て来た。
ちょっと身構えるが、この前の五人組ではない──と思う。
一瞬だったし、顔はハッキリとは覚えていない。
「違うお」
察したのか、シアがぼそりとそう言った。
匂いは違うってことだ。
「ふふ。珍しいわね。地上のモンスターを連れてダンジョンに潜るテイマーなんて」
「なんで地上のモンスターだって知っているんだ? もしかしてダンジョンモンスターかもしれないだろ?」
入って来るところから見ていた……のか?
「何言ってるのかしら。今昼間よ? ここは地上から入って来たら必ず通る道ですもの。昼間のこの時間に、ダンジョンモンスターが上から入って来る訳ないじゃない」
「ダンジョンのモンスターなら、地上に出るだけで死んでしまう。ま、ベテランテイマーにもなれば、自分の影の中にモンスターを収納する魔法もあるらしいんだけど。お前さん、連れて歩いてるってことは、つまりその魔法はまだ使えないってことだろ?」
へぇ、そんな魔法もあるのか。
いつかゴン蔵とかク美を影の中に入れてダンジョンとかに行けるかな。
……。
いや、ダンジョンが壊れるから止めておこう。
「ところで何の用だ?」
用があるから声をかけて来たんだろうしな。
一緒に最下層までとかいう話ならお断りだ。俺たちがやっていることを知られる訳にはいかないし、毎晩宿に帰るからそれを見られても困る。
「お兄さん、下層に行くんでしょ?」
「そうだけど、同行ならこと──」
「違う違う」
男が人の好さそうな笑みを浮かべて手を振る。
「ふふ。下層まで下りていくのは大変よぉ」
「上層はもほとんどモンスターもいないが、それでも十五階まで下りるのに十日以上は掛かるぜ」
「覚悟の上だ。だからこれだけの荷物を持って来ているんだし」
と、ボリスを指差す。
ちなみに二人との会話はボリス越しなので、彼らは壁際にぴったりくっついてこちらと会話していた。
「要点だけ言ってくれよ。回りくどいのは嫌いなんだ」
「ごめんごめん。地下二十階まで、転移魔法で送ってあげてもいいんだけど?」
「もちろん金は取るぜ」
転送屋か。
なんか懐かしい響きだ。
あ、前世で遊んでいたオンラインゲームに、そういうのあったんだっけ。
だから懐かしいのか。
けど──
「いや、いいよ」
「「え?」」
「ウーク、二十階までビューンって行ったら楽だぉ」
「そ、そうそう。お嬢ちゃんの言う通りよっ」
「二十階まで下りるってなると、二週間は掛かっちまう。ここは一瞬でビューンって。な?」
……なんでムキになって転移させようとしてんだ?
そこでボリスは突然蹄を鳴らし始めた。
『もう!! 僕を挟んで前と後ろでお話しないでよおぉぉぉぉっ!!』
地団太を踏んでガガっと音を鳴らすと、後ろの二人が悲鳴を上げて逃げて行った。
「おいおいボリス。怖がって逃げたじゃないか」
『だってぇ』
「ま、どうせ追い返すつもりだったからいいんだけどさ。それにしても──」
断ったあとの二人の顔が、驚いてるってよりも焦っているように見えた。
そりゃあ死んだダンジョンでは入場する冒険者も減って、転移代も稼げないだろう。
そう。
死んだダンジョンなんだここは。
下層にはモンスターが残っているので、それを倒して稼ごうとする冒険者はいるにはいるが、下層ってことは本当に腕の立つ冒険者しか入れないはず。
腕の立つ冒険者パーティーってのは、だいたい魔術師が同行している。
ここが初めてのダンジョンとかでない限り、彼ら同様に転移魔法が使えたって不思議じゃない。
そして今ここは死んでいる。
そんなダンジョンに、わざわざ新規で下りてくる冒険者がいるか?
それは俺だ!
あ、いたか。
まぁとにかく、転移魔法屋なんて……死んでしまったダンジョンでの需要は皆無に等しい。
「あいつら、やぁーっぱ怪しいんだよなぁ」
その日、二階へと降りる階段までやって来たが、シアとボリス曰く──
「後をつけてくる匂いあったお」
『二回ぐらい、あのお兄さんお姉さんの匂いだったねぇ』
「うんうん」
しかもある時は女だけ、ある時は男だけ、かと思ったら別の匂いと同行していたりと妖しさ満点な行動をしていたようだ。
階段を下りる手前で匂いが引き返したらしく、俺たちは階段から引き返して別の脇道に入り、そこで携帯用転移石を使った。
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