第104話:王国軍
アンディスタン国王がアッテンポーを使って……なんてことは考えたくないし、むしろ有り得ないだろう。
ゴン蔵にはゆっくり降下して貰い、海面に降り
「アンディスタン国王直属の船団とお見受けする。お、私はルークエイン・トリスタン。ローンバーグ元侯爵の嫡子です。何故国王直属の船がここに?」
名乗ってみたものの、ゴン蔵の姿に悲鳴を上げている船乗りがほとんどだ。
あ、そこ弓構えるの止めろよ。
「射ってはならぬ!」
そんな声が聞こえてきた。
人だかりの奥から現れたのは、なんとなーく見覚えのある中年男性。
頂きに乗っかった冠を見て、それがアンディスタン国王その人だと思い出す。
「こ、国王陛下!?」
いやいや、え。国王自ら出てきちゃってる?
え、なんで?
慌ててゴン蔵の掌の上で膝をつく。
「いや、よい。頭を下げねばならぬのはこちらの方だ」
ってことは、アッテンポーと通じていたのではなく、たぶん奴が地下牢から脱走でもしたってことか。
面だけを上げ、どういうことなのかと尋ねた。
「すまぬ、ルークエイン男爵よ。アッテンポーは部下の手を借りて、まんまと地下牢から脱獄しおったのだ。しかもその後、鉱山に行って娘のアンジェリーナと孫のエンディンを……」
「あんな山奥の鉱山から、よく連れ出せましたね」
俺の質問に宮廷魔術師の、これまた見覚えのある人が答えてくれた。
アンジェリーナが鉱山夫たちを買収したのだ。
そもそもあの鉱山で強制労働させられているのは、罪人ばかり。
更に見張りの兵にまで買収の手は及んでいた。
「買収する金がまだあったなんて」
「それについてもわしの責任だ。奴め、もしものことを考えてか、財貨の半数を子飼いの商人に管理させておったのだよ」
「変な所で賢い奴だったんですね……」
商人だの海賊だの手懐ける手腕を、良い方に使えばよかったのにな。
「と、ところでルークエイン男爵よ」
「はい」
「その……ドラゴンは……」
やっぱりそこ、気になりますか?
俺はゴン蔵を見上げ、それから紹介をした。
「氷竜のゴン蔵です」
『ふんっ』
ゴン蔵の鼻息で甲板上の何人かが倒れた。
兵士がビビって槍を構えている。
「よさぬかっ」
「すみません。ゴン蔵、おい悪戯は止めろよ」
「い、いや違うのだルークエインよ。部下を窘めておったのだ。決して、けっ……してドラゴン殿に言うたのではないぞ」
随分と貯めたな。
アンディスタン王は咳ばらいをし、それから船の前方へと視線を向けた。
そこには元海賊船の、今はただの木片となった物がプカプカ浮かんでいるだけ。
海賊どもの姿は──無い。
海面のところどころが赤く染まっているので、まぁそういうことなんだろう。
「アッテンポーとアンジェリーナ、エンディンの三名は?」
「アッテンポーはあの船にいます。他の二人は……どうでしょう?」
俺の返答に、アンディスタン王は察したようだ。
それから『あの』方角を双眼鏡を使って王が確認する。他にも数人が同じように双眼鏡を手にした。
「うむ。なかなかしぶとい奴め」
「母子は海に落ちたのでしょうか? 他にも海に浮かんでいる者も多いようですな」
あぁ、そういや──
「周辺海域に生息する海のモンスターたちが、その……集まっているようですがどうしましょう?」
「あ、集まるとは……クラーケンのことか!?」
「あれ、見えてました?」
王も宮廷魔術師も、そして兵たちも頷く。
まぁ大きいし見えるよな。
「ク美って言うんです」
『お呼びですかルークさん』
ざばぁーんっと海面から胴を出すク美。
もちろんそこかしこから悲鳴が上がった。
「すみません……名前呼ぶと速攻で来てくれるんです……」
『はっ!? わ、わたしとしたことが、また人を驚かせてしまいました。申し訳ありません』
そう言ってク美はぶくぶくと泡を出しながら海中へと潜っていった。
良い
ク美が潜った海面を見つめ、国王が再び咳払いをする。
「こほんっ。えぇー……」
「あ、ク美の事じゃないですよ。さっきの話は」
「で、では他のモンスターと?」
「はい。ク美が言っておりましたので。だいぶん集まって来ていると」
目的は食事だ。
「そうか。まぁ海賊どもは救助したところで、後日処刑するだけのこと。ならば放っておいてもよいだろう」
「裏切り者の海軍騎士は?」
「国を裏切り、民の命を脅かした者は、どこの国であろうと極刑は免れぬ」
つまり処刑だ。だから放っておいてもいいということか。
「こちらとしても面子はあるのでな。できればわし自ら引導を渡したい」
「分かりました。ク美、悪いがあの船から誰も逃がさないようにしててくれないか?」
『分かりました』
再びざざーんっと出てきた彼女は返事だけをすると、海に潜った。
次に出てきたのはアッテンポーの乗る船の真横だ。ゴン蔵のブレスで凍った氷を突き破って出てきた。
離れていても聞こえる悲鳴。
だが船から飛び降りようとしても、そこはク美の十本の腕が阻む。
やがてこの船はアッテンポーの船へと接舷して、渡し板が掛けられた。
アッテンポーは……放心していたけどアンディスタン王の顔を見て我に返ったようだ。
「さて、アッテンポーよ」
「くっ」
「本来であれば、王都の処刑場で行わねばならぬ刑だが。今回は特別に、この場で執り行うとしよう」
「なっ! お、お待ちください国王陛下っ。わたくし目はこれまで、アンディスタンに尽くしてきたではありませんかっ。海賊どもを従えたとて、王国になんの害もありますまいっ」
なに言ってんだこいつ。
あぁ、こんなのと血が繋がってなくて、心底良かったと思うよ。
アッテンポーの言葉に一切耳を貸さない姿勢の国王の手が振り下ろされる。
控えていた騎士の剣が、アッテンポーの首を斬った。
「海に捨ておけ」
「はっ」
ただそのためだけにアッテンポーを乗船させたのだ。
でもこれも大事なことの一つだったんだろう。
「残りの二名は……どうしたものかな」
「海底に沈んだかなぁと思うのですが……」
その場合、水棲モンスターの餌になっているかもしれない。
『確認されますか?』
ク美がひょこっと胴を出す。
「確認?」
『はい。船の周りをぐるぐる回っているモノたちに、私のほうからお聞きしましょうか?』
「え、出来るのか?」
『はい』
さも当たり前のようにク美が言う。
国王に視線を向けると、頷いて応えた。
「じゃあ頼むよ」
『はい』
ぶくぶくとまた潜っていくク美。
耳を澄ませば音のような、声のようなものが聞こえてくる。
やがてぽつぽつと、船の周りにはモンスターの姿が。
俺には理解不能な会話が続き、ク美が『特徴はどういった感じでしょう』と尋ねてくる。
「オークに似た姿の人間が二人だ」
『ルークエインよ。オークは海には生息しておらぬ。それでは伝わらぬよ』
「ぐ。オークを知らない奴らに言ってもダメか。そうだなぁ」
『ク美よ。マンボウをフグのように膨らませた姿をした人間、そう説明してみよ』
『マンボウをフグのようにですね』
ゴン蔵、的確すぎるだろ。
会話が終わったのか、ク美が振り向いて胴を揺らした。
『あの……あ、脂がたっぷり……だったそうで』
「だそうです、陛下」
「そうか……」
食べることに執着した義母が、最後は自分が食べられる番になったのか……。
因果応報ってやつなのかなぁ。
『だけどマンボウフグは一体だけだと……」
えっ。じゃあ片方は生きているのか!?
国王が小舟を出して捜索するよう命令をした。
が──
「もう嫌じゃんっ。ママンもじーじにも、付き合いきれないじゃん。うわぁぁーんっ」
そんな声が聞こえてきた。
『ほぉ。ボスが開けた穴から、船内に押し込まれたようだの』
「なんて運のいい奴だ」
穴から顔を覗かせたエンディンは、涙と鼻水とでぼろぼろになっていた。
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アンジェリーナ=オークママンはこれにてご退場となります。
6章のほうはもう少し続きますので、ぜひぜひお楽しみください。
作品フォローがまだな方、面白かったと思って頂けたら
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