第105話

 エンディンは船に引き上げられ、鎖でぐるぐる巻きにされた。


 俺は今、アンディスタン国王が乗る船にいる。

 一応形式として、こっちの騎士五名とシア、そして何故かボス。それに救助した海軍兵がひとり一緒だ。


「角シープーか……やはり名はあるのか?」

「あ、はい。ボスって言います」

「……群れのボスだったから?」

「……はい」

『ベッ』


 微妙な空気が流れる。

 名前を付けられた当の本人も、なんとなく抗議しているようだ。

 王にではなく、俺に。


 俺がこの船にいるのは、まぁ今回の騒動に関しての正式な謝罪のためだろう。

 本当は島でとも思ったけど、一応あの島はトロンスタ王国領になっている。

 数カ月前までアンディスタンだったが、だからと言って国王がほいほい上陸したら国際問題だ。


「トロンスタ国王にはわしから謝罪文を送ることにするが、まずはお主にだ。ルークエイン男爵、此度の事、まことに申し訳ない」

「あ、いや、お、王様。顔を上げてください」


 分かる。気持ちはわかるけど一国の王に頭を下げられると、周りの目が痛いんですけど。

 

「今回の件、どう詫びればよいか……」

「いや、詫びるも何も。こちらにはまったく被害がありませんから」


 あるとすれば……睡眠時間?

 けど、王様としてはそれで納得はしないのだろうな。


「陛下、こうしてはいかがですかな? アッテンポー元公爵が秘密裏に蓄えた財貨。半分は我が国が没収とし、残り半分をルークエイン男爵に」

「え、いやそれはっ」

「うむ。良い案じゃ。もともとルークエイン・ローンバーグにはその資格があったのだから」

「し、資格?」

「あやつの遺産分与には、娘のしろ──アンジェリーナにも与えるようになっておった」


 義理とはいえ、俺は一応白豚オークの息子だ。

 それより今、国王が白なんとかって言おうとしただろ?

 王の後ろに控えている近衛っぽい騎士の頬が膨らんでんじゃんっ。


「だから気兼ねなく受け取れ。いや受け取ってくれ」

「男爵も島おこしでいろいろと入用でございましょう。そうなさってください。我が国の為にも」


 こういう時どうすればいいのか。

 後ろに控えるシャテルドンを振り返る。

 苦笑いを浮かべながらも、彼は頷いていた。


『ンッベッ』

「ボス?」

「あのね、なんでも貰えって言ってうの」

「……人参とか?」

『ンベェェー』

「あのね──」


 今の通訳は必要ない、と手で制す。

 嬉しそうに飛び跳ねてれば、誰だって分かるさ。


「そういえば角シープーはスーイカも好物でしたな」


 ボスに触りたそうに宮廷魔術師がそう言う。

 スーイカ……酸っぱいイカかよと思いたくなるが、西瓜のことだ。

 そういや島にはないな。


「ほぉほぉ。ではスーイカも詫びの品に入れるか」

「あ、いや。それなら是非、苗を頂けませんか?」

「栽培するとな?」

「はい。島にはスーイカはありませんから、どうせなら栽培しようと思うのですが」


 せっかくだ、スーイカの栽培にも手を出したい。

 ならばとすぐに国王が手配──すると約束してくれた。

 ここは船の上だ。手配なんて出来るわけがない。


「陛下、アレはどうするのですか?」

「アッテンポーの孫か。さて、どうするかな」


 なんかお城で暴れたって話は以前聞いたけど、あいつはとにかく食い意地が張っているだけのタダの馬鹿だ。

 母親がアレじゃなければ、こいつもただの食いしん坊だったろうにな。

 それに、授かった『ギフト』はいいものだ。

 いっそ農民の子として生まれれば、みんなから感謝されるような大人になれただろうに。


 農民──か。


「陛下。エンディンは『農耕の才』を授かっています。それを生かす刑をお与えになっては?」

「ほぉ。『農耕の才』か。ローンバーグからはそのような話は聞いていなかったが、何故隠しておったのか」

「本人が随分と嫌がっておりましたので、ローンバーグではなくアンジェ……えぇっと、その、オー……が、それをさせなかったのでは?」

「なるほど。アッテンポー家の者は、誰もが気位の高い連中であったからな。よし、エンディンについては、その『ギフト』を遺憾なく発揮させるとしよう」


 食べることに拘った人生を送って来たんだ。

 次は食材を育てて、より美味い物を作る人生ってのもいいだろう。

 食べられることが、どれだけ恵まれたことなのか。素晴らしいことなのか、それを知ってくれればいいけどな。


 それから救助した兵士とその家族だけども──


「陛下。わたくしどもは謀反人。アッテンポーに人質を取られていたとはいえ、奴に従ってルークエイン男爵様を襲撃したのですから」


 いや全然襲撃受けてないから。


「どのような罰も甘んじて受ける所存でございますが、出来ましたらルークエイン様に此度のお礼をしたいとも思っております」


 と、生真面目な顔で言っている。

 お、お礼って、いやそんなのいらないって。睡眠時間ぐらいしか被害はないんだから。


「うむ。よく言うた。ところでルークエイン男爵。人手は足りておるか?」

「え、人手……ですか?」


 そりゃあ足りてないけど。


「移民希望者を募っている所です」

「そうか。では騎士ライエルン」

「はっ」


 な、なんだ?


「部下ともども、国外追放とする」

「有難き幸せっ」


 何故か納得気味の騎士が、今度は俺に向かって片膝をつく。


「救われたこの命。一生を尽くしてルークエイン様にお返しいたしますっ」

「え、あの……」

「この命、あなた様に捧げとうございますっ」


 ええぇぇっ!?

 いや、それは──どうなんだろう?


 またまた助けてくれと言わんばかりに振り返ると、シャテルドンがやれやれといった顔で笑っていた。


「男爵様。国外追放ということは、その時点で国籍を持たぬ流浪の民です。一般市民として迎え入れればよろしいかと」

「い、いいのか」

「その上で騎士に叙任するかどうかの実権は、私兵団であれば領主にありますので問題ありません」


 国に所属する騎士であれば、その国の国王を通さなくちゃならない。

 だけど私設兵団は領主にその権限がある。

 ただし給料を払うのも領主だ。

 実際シャテルドンたちは俺直属の騎士団になったので、給料は俺の懐から支払っている。


 お金……お金かぁ。

 まぁアッテンポーの隠し財産があるなら、どのくらいか知らないけどそこから出せるか。


「あぁ……じゃあ、よろしく」


 俺はいつものように右手を出して握手を求めた。

 その手をライエルンだっけ?

 彼は不思議そうに見つめていた。いたが、渋々右手を差し出したので、掴んでぶんぶんと振った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る