第215話:追放
身だしなみを整え、それから転移装置に乗る。
その先にはエアリス姫と数名の騎士が待っていた。
「姫、お久しぶりです。お元気でしたか?」
と言っても、つい最近にも会っているのだけれど。
「毎日退屈ですわ。はぁ、わたくし、やっぱり島に戻りたい」
何ていうと、おつきの騎士が慌てて咳払いをする。
「ふーんだ。さ、ルーク様行きましょう」
「あ、はい……また何かあったんですかね? 俺を呼び出すなんて」
「わたくしは何も聞かされていませんの。何かしら」
姫と騎士に連れられ謁見の間へとやってくると、その入口で姫たちの案内は終わり。
「わ、わたくしは入ってはいけませんの?」
「申し訳ございません。中へはルークエイン男爵のみ、お通しするようにとの陛下のお言葉ですので」
「お父様!?」
エアリス姫が声を上げるが、返事はない。
公務の話なんだろう。だから姫には……関係ない。
こういった公私をハッキリさせることは、王族には必要なことなんだろうな。
「姫。陛下を困らせてはダメですよ。では行ってまいります」
「ルーク様……あ、あとでお茶でもご一緒に」
「はい」
そう答えると、姫は嬉しそうに笑みを浮かべた。
お城は退屈だと言っていた。きっとその通りなんだろう。
たまには気晴らしになるよう、話し相手も務めてやらなきゃな。
そうだ、あとでシアも連れてこよう。
そんなことを考えながら入った謁見の間では──
なんだかすごく……空気が重い。
「ルークエイン・トリスタン。ただいま参りました」
「いやいや、トリスタン男爵はむしろ王都の守りに就いて貰うのがよろしいでしょう」
「馬鹿を言うな! そんなことをすれば他国に宣戦布告と思われるやもしれぬぞっ」
「たかがドラゴンを王都に配備した程度で、宣戦布告と受け取る器の小さい王もいますまい」
「現にこうして問題になっているというのに、何を言っておるのだフレブシア侯爵は。脳みそお花畑ではないか?」
「なっ」
何がどうなっているのか……まるで俺は蚊帳の外。
ただ議論になっているのは俺の事で間違いない。
いや、俺というよりもゴン蔵、あとク美のことだ。
「ホプスツェントからは、魔物を使った宣戦布告かと抗議の声があがっておる」
「トゥオルドからも……海上からクラーケンに襲わせるつもりかと」
先日の、ゴン蔵とク美が駄々をこねるチビたちと角シープー一家を運んでディトランダまで来た。
ゴン蔵が空を飛んでいれば、誰だって気づく。
ク美が海面すれすれを泳げば、漁師が必ず気づく。
あちこちで悲鳴が上がったのは容易に想像できるだろう。
で、「ドラゴンがでた!」「クラーケンがでた!」と、多くの人が兵士に訴えたはずだ。
その訴えは地方領主に伝わり、そして国に伝わり……。
「アントラスト国王が、トリスタン島に滞在するゴン蔵殿とク美殿の事を掌握しておってな。彼から他国の国王に、我が国がドラゴンとクラーケンを所持していると誤った情報が流されておるのだ」
そう、トロンスタ陛下は困ったように俺に伝えた。
アントラスト国王はこうも言ったそうだ。
「強大な兵力をトロンスタは手に入れた──とな」
「そんな……ゴン蔵もク美も、国の兵力になるために島に移り住んだ訳じゃないのに。そもそもゴン蔵はもとよりトロンスタに住んでいたんですよね?」
「正確にはホプスツェントとの国境にある山脈だ。そしてこれまで一度でも王都に姿を現したこともなければ、望んで人の前に現れたりもしたことがないはず。我が国の記録にそのようなことは記載されておらぬのでな」
だからって、なんで王国の兵力として見られなきゃならないんだ。
言いがかりも甚だしい……ん?
「あの、もしかして……」
俺が尋ねようとすることを察したのか、陛下はため息を吐き捨ててから「おそらくな」と答えた。
アントラスト王国が、実はトロンスタに戦争を仕掛けようとしている。
いや、そこまでいかなくても、何かしら優位に立ちたいと思っている。
自分から仕掛ければ、今回のグインゴーニャ国のようになってしまう。
あの国はこの先二十年に渡って、大陸との交易が禁止される処置がとられた。
特にこれといった特産品もなければ、特殊な素材が手に入るという国でもない。だからグインゴーニャと交易できなくなっても、どこの国も困らないというわけだ。
だが逆にグインゴーニャは困る。
島にはかの国しかない。食糧問題なんかは特にないだろうが、島では手に入らないものが大陸にはある。それが事実上、本当に手に入らなくなってしまったのだ。
自業自得とはいえ、国民がかわいそうになるな。
そのうえ、グインゴーニャは兵力を極端に下げる結果にもなっているし、逆に今あの国に攻め入ろうとすれば簡単に落とせるだろう。
そういう恐怖を、あの国の王様はずっと抱えて生きていくことになる。
で、今現在。
この国の東にある隣国アントラストが他国に同調を促し、トロンスタに圧力を掛けようとしているのだ。
トロンスタがドラゴンとクラーケンを使って、他国に攻め入るための軍備を強化している──という、めちゃくりゃ理論で。
普通に考えればむちゃくちゃだってのは分かるはずなんだ。
だけどドラゴンとクラーケンがいるのは間違いないし、しかも彼らは実際に、俺のために戦ってくれたりもしている。
島を襲おうとしたアッテンポー率いる海兵&海賊団と。
そしてディトランダでもだ。
「ディ、ディトランダの国王陛下はなんと!?」
「……彼は感謝しておるそうだ。だが同時に恐怖も感じていると」
「恐怖?」
「そうだ。もし男爵の気に障ることをしていたら、どうなっていたことかと……肝を冷やしたそうだ」
俺がゴン蔵の背中によじ登っている際、ディトランダ国王たちは背筋が凍るような思いで見ていたらしい。
上空から、凍てつくブレスを吐かれて王都は壊滅するかもしれない──とかちょっとだけ思っていたのかもしれぬなと、トロンスタ陛下が話す。
そんなこと、絶対する訳がない!
そんなこと……絶対に。
そう言ったって、怖いもんは怖いよな。
ドラゴンだぜ?
クラーケンだぜ?
普通は出会ったら最後、喰われることしか想像できないよ。
ク美と初めて遭遇した、奴隷船から逃げるきっかけになったあの時には俺もそう思ってたもん。
捕まれば喰われる。
だから必死にボートを漕いで逃げたんだ。
ゴン蔵のときだって、最初は戦う気満々だったんだ。
でもあんときは確か、ボスが飛び出して行って──そんで、ゴン太の存在が分かって……。
あとは前世の記憶も関係しているのかなぁ。
小説にいっぱいあったもん。
ドラゴンに転生だの、ドラゴンと友達になって最強ロードを進むだの、そんな話はいくらでもあった。
だから話してみようと思ったんだ。
変な先入観を持っているからこそ、こうなってるのかもしれない。
だから今、謁見の間では議論されているんだ。
他国を攻める気など一切ない。
それをどう証明すればいいのか──
中にはいっそ開き直って、ゴン蔵を王都の守りに就かせ、ク美には海岸線の防衛を──とかいう貴族もいる。
本気で戦争しようってのか?
ばかばかしい。
だいたいなんで人間同士の争いに、ゴン蔵とク美を出してくるんだよ。
あぁー、やだやだやだ。人間って醜いぃー。
そもそも俺、内政とか大嫌いですからぁー!
もっと自由気ままに生きたいですーっ。
「はい! 提案があります!!」
だから俺は手を上げた。
「俺を国外に追放してください!!」
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