第137話:破れた服は元には戻らない。

「ダメじゃないか君! いくら大人しい角シープーだからって、町の中まで一緒に連れて来られたら困るよぉ。まったく門番はなんで通したんだ。さてはまたサボってやがったな」


 町を歩いていたら、衛兵に怒られてしまった。

 逆に怒られるだけでいいのかという不安もあったりするが、そこはペコペコ謝ってやり過ごす。


「なに? 君は召喚士ではないのか? じゃあ角シープーを何故連れている」

「う、うちで飼ってる子なんです。俺が取り上げた子だから、懐かれてまして。どこにでもついて来るんですよ」


 飼ってると言えなくもない状況で、嘘はついていない。

 衛兵は困り顔だが、そこへボリスが『ペェー』っと鳴いて頭をゴリゴリ押し付けた。押し付けられた衛兵の顔が緩むのがよく分かる。


「仕方ないなぁー。可愛いもんなぁ、シープーは」

「そうなんですよ。可愛いからついて来るなとも言えず……でも町の外で待たせておくかなぁ」

「いや、そんなことしたら連れて行かれるぞ」

「連れて行かれる?」


 普通はここで「モンスターに食われるぞ」ってなるんじゃないのか?

 連れて行かれるって、どこにだよ。

 すると衛兵は、ボリスをなでなでしながら小声でこう話した。


「獣魔専門の召喚士が近くにいてな……その方に……」


 召喚士!?

 もしかして運び屋が言っていた召喚士のことだろうか?


「あの、その召喚士には、どこに行けば会えますか?」

「ん? もしかして売りつけようってのか、この子を」

「あ、いや……あ、えぇ! そうなんですっ」

『ペェーッ!?』


 ボリスが凄い声で反応した。そして泣いている。

 それを見た衛兵がボリスを抱きしめるようにして慰めている。


「酷い飼い主だなぁ。かわいそうに、かわいそうに。こんな可愛い角シープーを売り飛ばすなんて……」


 どないせーっちゅーねん。

 衛兵からなんとか聞き出したのは、首都を出て少し行った先の丘の上にある大きなお屋敷だ。

 行けばすぐに分かると言うが、今日のところはもう遅く、今から出発すれば向こうに到着するのは日暮れ時になるだろうと。


「馬小屋のある宿なら、こいつを休ませてやれる場所もあるだろう」

「ありがとうございます」

「あいがとー」

『ペー』


 ごりごりと鼻先を擦りつけるボリスを愛おしそうに見つめる衛兵。

 彼は最後に「手放すなら、俺が──」とか言っていたがスルーして俺たちは歩き出した。


 宿に泊まる……ねぇ。


 マズいなぁ。お金、ゼロなんだよなぁ。

 リュックの中に何かないかと見てみたが、食料がたくさんあった。

 十二人分のパンと干し肉、果物を詰め込んで来たもんなぁ。

 他にあるのは付与石だけ。


「ウーク、どうしたお?」

「あぁ。お金をな、持って来てないんだよ」

「……あぁ……」


 出会った頃はお金の価値なんて全然知らなかったシアだが、今ではちゃんと理解しているし、使い方もマスターした。

 その為に島の食堂でも、ちゃんとシアからお金を取って勉強させてやってくれって店主にお願いもしたんだしな。


 お金がない=ご飯が食べられない。

 これを知っているので、俺の言葉にシアの尻尾はしゅんっと項垂れている。


「何か売って金になりそうなものがあればいいんだが……」

『あるでしゅ』『あるでちゅよ』

「ん? どっから聞こえた?」

「シアの鞄ー。ウーク、もう忘えてう」


 シアの──あぁ!

 そ、そうだった。クラ助とケン助、それにゴン太もいるんだった。

 急いで路地裏へと行き、そぉっと鞄を開けた。

 そこには手のひらサイズの三匹の姿が。


『これでしゅ』

「これ? あ、真珠か?」

『でしゅ。ぽきゅたち、これ作れるでしゅ』

『子供のうちは一日一個限定でちゅけど。人間、これ欲しがるでちゅよ。ふふ、ふふふふ』


 ケ、ケン助が闇堕ちしそうだ。

 海賊がケン助を生かして攫ったのも、それが目的だったのかもしれない。


「二人とも、水は大丈夫か?」

『はい、心配ないでちゅ。おかーしゃんの海の雫があるでしゅから』


 それを身に着けていると、常に体の表面に海水が張り付くらしい。

 実は人魚がこれを求めてクラーケンと交渉することもあるんだとか。

 人魚……見てみたいな。


 さっそく売り飛ばして資金ゲット。

 馬小屋付の宿に入って、ボリスたちはそちらで休んで貰った。


 俺とシアは部屋で休み、明日のことを話し合う。


「明日朝いちで衛兵に聞いた屋敷に向かう。で、大きな角シープーがこの国に入って来たっていう情報を耳にしてないか、聞いてみよう」

「おぉー! えもウーク。もしその召喚士がボス誘拐した犯人だったら?」


 ・ ・ ・ え?


 考えてもいなかった。いや、考えられないんだよ。

 だって国の要人が他国の貴族の家族を誘拐するなんて、普通に考えたら戦争ものじゃないか。


 でも待てよ。

 そもそも外国の要人が、俺──ルークエイン男爵が角シープーを大事にしているなんてこと、知っていないかも?

 だから連れて行かれた……何故?


 それにだ、いったい誰がボスを連れ去った。

 連れ去るためにはあの場にいなきゃならないだろうし。


「そういえば……」

「ウーク?」


 顔を覗き込むシアに、地震のあとの会議の場で見かけない冒険者がいたことを話した。


「五人だった?」

「あぁそうだ。五人だった」

「シアも覚えてう。しあーない匂いだったから」

「シア。その匂い、今でも覚えてるか?」


 シアは頷く。ただし臭いを追うなら──


「狼のほうがいいお」


 そう言ってシアが蹲り、ぐぐぐっと体が膨れ──そして服が破れた。


「シ、シアッ。おい止めろっ」

「う?」


 一瞬だけ狼の姿になろうとしたが、すぅーっともとに戻る。

 だが破れた服は元には戻らなかった。

 

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