第154話:帰宅

 怒られた。こっぴどく怒られた。

 エアリス姫の主な怒りの原因は──


「どうー……してワタクシも連れて行ってくださらなかったのですか!」


 というものと、あと一つは、


「ここぞとばかり抜け駆けするなんて、卑怯ではないのシア?」


 というものだった。

 

 散々愚痴を聞かされたあと、彼女の元教育係だという初老の人がやってきて頭をパコっと叩いてようやく終わった。


「痛いですわじい」

「姫様。例えあの場に姫様がいたとして、ルーク殿がお連れできるはずもないでしょう」

「どうしてよ!」


 どうしてって……決まっている。

 俺もカっとなって携帯転送に乗ったけど、その先が安全な場所とは限らないんだ。

 そこで万が一何かあった場合どうするつもりなのか。


 俺の代わりはいくらでもいるだろう。

 だけど王女の代わりはいない。


「もしルーク殿についていかれて、多少の怪我でもすればそれはルーク殿の責任になるのですぞ」

「その程度でルーク様を責めたりしませんわ、ワタクシ」

「姫が……ではなく……」

「お父様にだって文句を言わせないもの!」


 そこでパンっと乾いた音が響き渡った。

 ひ、ひぇっ。あのじいやさん、姫を平手打ちにしたぞ。


「じ、じい……」

「陛下はお優しい方です。父親としてはお叱りにはなりますまい。しかし国王として、それは許されないのですぞ」

「な、なんでよぉ」

「姫がお気に入りだからという理由だけで、王家の者を危険に曝していい理由にはなりません。父親としての陛下が許しても、他の諸侯らは許しますまい」


 実際、俺のことをよく思っていない貴族は多いんだろうな。

 そりゃあ元々アンディスタン人だし、いきなり来てダンジョンが復活した島の領地を与えられたんだ。

 そこにきてエアリス姫だ。

 上級貴族の中には、自分の息子を姫にと考えている奴らもいるだろう。

 姫が俺の所に嫁いでくると勘違いしている貴族もいるかもしれない。


 そりゃあ、何かあれば俺を陥れたいと思う奴らはいるだろうさ。


「姫の行動で国王陛下を、そしてルーク殿に迷惑が掛かっていること──しっかりご自覚なさい」

「ワ、ワタクシのせいでルーク様が……諸侯らに嫌われてしまいますの?」

「既に……。エアリス様、一度お城にお戻りください。ルーク殿は男爵位。功績を立て、せめて侯爵の地位にまで登りませんと、周りの者たちは納得しますまい」


 姫に城へ戻って貰う話か。それは賛成だ。


「侯爵にまでなれば、ルーク殿もエアリス姫様への婚約の申し出もしやすくなるでしょう。そうでございましょう、ルーク殿?」

「えぇ……はい?」


 いや待って。つい返事しそうになったけど、どういうこと?


 こ、ここ、婚約の申し出!?


 え、なんでみんなニヤニヤしてんの?

 エアリス姫も嬉しそうに顔真っ赤にしてるし、シアはなんか怒ってるし。


「え?」






「ええぇぇぇぇぇ!?」






「んふふ。それではワタクシ、いったんお城に帰りますわね」

「……はぁ」

「でも時々は遊びに来てもいいですわよね? ね、じい」

「護衛をお付けください」

「ロイスとアベンジャスにお願いしようっと」


 よく……分からないうちに、俺は姫に婚約する……という流れになってしまったようだ。

 どうしてこうなった?


 魔導転送に乗ってエアリス姫が転移したあと、じいやさんが俺の所へとやってきた。


「申し訳ございません、ルーク殿。あなた様がエアリス姫に対し、特別な感情がないことも承知しております」

「え?」

「いろいろ難しい話ではございますが、あなた様のためにも、陛下のためにも、そしてトロンスタのためにも。あの方には城にいて頂いた方がよろしいかと思いまして」

「まぁそれに関しては、同意です。いろいろとこの島はごたごたしていますし、怪我では済まないことも起きるかもしれませんから」


 怪我であっても、一国の王女を危険に飛びこませたとあれば、そりゃあ咎められても本来仕方ないことなんだよ。

 今まではシャテルドンとかがカバーしてくれたが、この前のあれば彼もいなかったし。

 それで姫が来ていたら……ボスを無事に救出して、島に戻って来てから打ち首獄門!

 なーんてのもあり得たかもしれないんだ。


 う、想像したらお尻がきゅってなった。


「これでしばらくはお城で大人しくしてくださるでしょう。あとはその間に別の殿方でも……」

「あ、あのっ」

「はい?」


 聞かずにはいられなかった。


 よく分からない所で話が進んでしまったけれど……


「ひ、姫はその……お、俺の事を……」


 す、好きだってこと?


 さすがに最後のストレートな質問は口にはできなかったけれど、これで悟って欲しい。

 だがじいやさんは首を傾げ、他の連中に視線を送っている。

 その周りの連中は、呆れた顔で首を振っていた。


「な、なんなんだよっ。みんなして何を知ってるんだ!?」

「いやぁ……」

「ここまで鈍いと、どうにもねぇ」

「おやおや、これは姫様もご苦労をされたようで。あちらに戻ったら、少し優しくいたしませんとねぇ」


 そんなことを言いながら、じいやさんは魔導転送に乗って行ってしまった。


「おい! お前たち知っているんだろう!」

「さー、仕事だ仕事。みなの者、かいさーん」

「っしゃー。温泉にでも行くかー」

「それ仕事か? もちろん行こう」


 こ、こいつらぁ……。


「人の話を聞けよぉー!」

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